メディアグランプリ

東京に疲れた私は、週末、山へ植林にいく。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:shiho(ライティング・ゼミ11月コース)
 
 
「もう、何もしたくない」
 
そんな風にふと思ったのは、いつもの帰り道のことだった。夜風に吹かれながら歩いていると、心の奥からぽろりと出てきた感覚が、なんとも言えず重く、静かに響いた。
 
平日はIT企業で働きながら、夜はジムや講座に通う。週末は複数の仕事を掛け持ちしながら、家族やパートナーとの時間をやりくりする。周りから見れば、「充実している」と思われるかもしれない。いや、実際、私は恵まれている。人間関係も良好で、好きなことを学び、挑戦もしている。だけど、正直に言おう。私は、すっかり息切れしてしまっていたのだ。
 
気づけば、楽しんでいたはずのことが義務に変わっていた。「学びたい」が「学ばなければならない」に変わり、ジムでは体脂肪率ばかりが気になる。そんな中、「もう何もしたくない」という思いがぽつりと湧き出たのは、自然な成り行きだったのかもしれない。
 
気持ちが空回りしているのは分かっていた。それでも、どう抜け出したらいいのか見当がつかなかった。そんなとき、ある友人から連絡が来た。
 
「今度の植樹祭について、ちょっと相談があるんだけど」
 
そのメッセージを見た瞬間、「これだ」と思った。相談内容を聞く前から、私は参加することを決めていた。
 
 
 
その友人は大学時代からの旧友で、今では林業会社の代表を務めるパワフルな女性だ。彼女は高校時代に水害で友人を亡くし、その経験から「土砂災害を根本から減らしたい」という思いで林業の道を歩み始めた。今や植林を軸に事業を展開している彼女に、私はずっと尊敬の念を抱いている。
 
相談内容である「植樹祭」は、複数の企業が集まり一緒に植林を行う催事だった。けれど、ただ木を植えるだけではなかった。私にとっては、東京に埋もれてしまっていた「私自身」を思い出してくれるような特別な時間だった。
 
まず、切り開かれた山肌からは遠くの山々が見え、清々しい空気が肺を満たす。視界いっぱいに広がる鮮やかな緑に、心地よい木々のざわめく音、生き生きとした葉っぱの香り、ひんやりとした土の湿り気。大半の時間をともに過ごしてきたブルーライトの明るさやキーボードの冷たさの代わりに、ここには「自然」そのものがあった。正しく、五感のフル活用だ。忘れていた感覚が、少しずつ戻ってくるようだった。
 
本当はパソコンの外にはこんなに豊かな世界が広がっている。自然の中でなくても、東京でも、パソコンから目をそらせばいろんな物事が起きているのかもしれない。そんな当たり前のことに、ふと気づかされる時間だった。
 
さらに印象的だったのは、「手を取り合う」感覚だった。急斜面では、自分ひとりの力ではどうにもならないことが多い。隣の人に手を借りたり、逆に手を貸したりするのが当たり前になる。誰かが苗木を支え、誰かが土を掘り、声を掛け合いながら一緒に植える。林業に携わる人々も、「おせっかい」とも言えるほど親切だった。滑りやすい場所を教えてくれたり、斜面から引き上げてくれたり。見知らぬ人同士が手を取り合い、笑顔で作業をする光景は、なんだか懐かしく思えた。その自然な助け合いが心に温かく染みた。
 
 
 
なんだか軽くなった心が風にそっと持ち上げられるようで、そのとき初めて、自分がどれほど疲れていたのかを実感した。東京で忙しくしているうちに、こうしたパソコン以外の世界に目を向けることや、「助け、助けられる」関係を求める気持ちを、いつの間にか置き去りにしていたのではないか、と。
 
もしかしたら、私は少し我慢をしていたのかもしれない。ともに働く仲間たちは皆良い人で、何不便なく仕事をさせてもらっている。しかし、私が今携わっている「マーケティング」という仕事柄、個人商店のような働き方になり、リモートワークも多い。本当はもっと、その人自身をみたコミュニケーションをとって、助け・助けられる関係を築きたいのかもしれない。今のままでもできるのかもしれないが、やりづらさを押し殺してしまっていたのかもしれない。これからどうするかはさておき、まずはこの気持ちを認めてあげることが、第一歩なのだろう。
 
 
 
植林を終えて山を下るとき、私の心は不思議なほど軽くなっていた。東京の生活は便利で刺激的だ。けれど、すべてが計画的で整然としている東京の日々では、きっと埋もれてしまっていた「私自身」が、この山の中でふと顔を出した気がした。
 
冷たく湿った土の感触、斜面に踏み込むたびに感じる重力、そして隣の人と手を取り合って声を掛け合うあたたかさ。その一つひとつが、忘れかけていた何かを呼び戻してくれるようだった。
 
そして東京に戻ってきた今、私は「もう、何もしたくない」なんて思っていない。むしろ、今学んでいることを活かしながら、周囲の仲間たちと手を取り合って挑戦したいと思っている。植林という行為を通して、自分の中に植えられた小さな種。それがやがてどう育つのかは、これからの私次第だ。
 
もしも今、あなたが少し息切れしているなら、ぜひ木を植えるという選択肢を試してみてほしい。植林は、自然と向き合い、未来を作る行為そのものだ。そして、その作業の中で、忘れていた自分や、誰かと手を取り合う感覚を取り戻せる。それはきっと、日常に新しい光を差し込むきっかけになるだろう。
 
 
 
 
***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



関連記事