「冬でも半袖半ズボン」が、息子にとってただのやせ我慢ではない理由
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:AKIYO(ライティング・ゼミ9月コース)
「今日は今年一番の冷え込みです」と報じられた、ある朝のことだ。
そろそろ長袖を……と、クローゼットをあさる私に向かって、小学2年の息子が言った。
「ママ、半袖の中でも一番薄い服出して」
え? いま何とおっしゃいましたか? この寒い日に、ペラッペラの服を出せと?
「でも、急に冷えたから風邪ひくんじゃ……」
息子は私の言葉をさえぎり、「いいから、一番薄い服!」と声を荒らげた。
どうやら今冬もまた、始まってしまったようだ。
何が始まったのかというと、「クラスで誰が最後まで、薄着で寒さに耐えられるか」を競い合う、仁義なき戦いである。大人から見たら「頭が悪い」としか言いようのない、ただのやせ我慢大会なのだが……。
息子はその戦いに、保育園の年中時代から参戦し、連戦連勝を遂げてきた。今冬は3度目の“防衛戦”となる。
ここで、昨冬の戦いを振り返ってみよう。
11月。賢い女子たちが薄手のカットソーから厚手のトレーナーやセーターに切り替えるころ。我が息子は寒くなってきたことにさえ気づかず、半袖半ズボンで校庭を駆け回っている。ただこの時点ではまだ、「脱落者」は半数にも満たない。
12月。賢い女子たちが長袖の上に上着を重ねている頃だ。街中には、インフルエンザの患者が増え始める。一部男子は半袖はそのままに、親の忠告に従って半ズボンを長ズボンに変え、寒い日に備えて上着を手に持って登校する。息子は当然、相変わらずペラッペラの半袖半ズボン。「せめてペラッペラの上着だけでも羽織ってくれたら……」という親の願いも、一切通じない。
そして1月。年明けの初登校日には、クラスの9割が長袖になっている。半袖半ズボンで耐えているのは男子2〜3人。互いにバチバチとライバル意識を燃やし、教室には緊張感が漂う。
いよいよ1月下旬、「大寒」にもなると、半袖半ズボンはクラスでただ一人になる。中にはベンチコートを着てくる子もいたりして、相当浮いているはずだ。息子は「オレ以外、全員長袖」と得意げだが、勝ったからと言って、みんなに称賛されるわけではないというのが、この戦いの切ないところである。
実は昨冬、息子は1月下旬にペラッペラの半袖半ズボンで登校し、風邪をひいて2日ほど学校を休んでいる。おいおい、半袖半ズボンのやせ我慢で風邪引くって、それは相当カッコ悪いんじゃないか、とツッコミたくなるのだが、本人は「薄着だから風邪ひいた、ってわけじゃない」と言って聞かない。なんなら、少々の風邪はむしろ「名誉の勲章」といった風である。
そして本人にとっては忘れてしまいたいほど苦い思い出かもしれないが、2月頭には原因不明の胃腸炎にかかって3日間学校を欠席し、親と散々言い合った末、病み上がりに1日だけ長袖で登校したのであった。
さてさて。この冬は一体どんな戦いになるのか。挑戦者は現れるのか。
12月も2週目に入る。そこで、息子に聞いてみた。
「半袖半ズボン、いまクラスに何人残ってる?」
「オレだけ」
えっ……。なんということだ。まだ12月だというのに、クラスの息子以外の全員が、戦線離脱しているというのか。
この冬は、はっきり言って寒くない。気象庁によると、富士山の初冠雪は、統計開始から130年で最も遅かった。東京のイチョウの黄葉日も、観測開始以来もっとも遅かったのだ。地球温暖化の進行のスピードが不安になるほどの、あたたかい冬のはずである。
そうか、クラスの友達はもう、次なるステージへ行ってしまったのだ。彼らは、「真冬に半袖半ズボンなんて意地を張るのは、全然かっこよくない」ということを知ってしまったのだ。分別のある大人になってしまったのだ。
相変わらずの半袖半ズボン姿でコミック雑誌を読んでいる我が息子を眺めているうちに、不安になってきた。まさかこの子だけ、脳が成長してないとか?
「そっか。とりあえず戦いには勝ったし、じゃあそろそろ君も長袖かな?」
水を向けてみると、息子はこちらをキッとにらんで言った。
「長袖は絶対着ない。2年にはもう半袖いないけど、3年とか4年にはいるよ」
それを聞いて、母は驚いた。息子はさらに上を見ていたのだ。
小学生の体力は、右肩上がりで上昇していく。3年生の体力は、2年生のそれを遥かに上回るはずだ。風邪もひきにくくなるだろう。6年生の冬になると、中学受験を控えて親が神経質になるだろうから、5年生ぐらいまではきっと、各学年に一人二人、薄着を貫くヤツがいるのだろう。
どんどん賢くなり、確かに物分かりも良くなるけれど、同時にどんどん身体機能も充実してくる。考えてみれば、こんなものすごい時期は、長い人生の中でもこの瞬間しかない。
子どもにとって大切なのは、物分かりがよくなることなんかじゃない。「今」しかできないことを、精いっぱいやる、それが一番大事なんじゃないか。
ちなみに。
いくら体力の有り余る小学生男子といえども、ペラッペラの半袖半ズボンに耐えられるのは所詮、東京の冬だからである。
昨冬も息子は、厳寒期に東北旅行や雪山スキーに出かけたときは、さすがにモコモコの冬服を着た。東京に戻ると同じ学校の友達にモコモコ姿を見られるリスクが生じるため、帰りの新幹線の中で慌てて半袖半ズボンに着替えるのである。
ただの負けず嫌いじゃないか、見栄っ張りじゃないか、と笑う人もいるだろう。
だが、どんな状況であれ、学童期に頑張って手に入れた「圧倒的勝利」という経験は、何物にも代えがたいと母は思うのだ。
勉強はもちろん、写生会、書道展、作文コンクールなどなどは、賢くて要領のいいヤツが全ての勝利をかっさらっていく傾向にある。今のところ、息子がそこに入り込む余地はなさそうだ。運動は苦手ではないけれど、小柄ゆえに、1番にはなかなかなれそうにない。
薄着競争は、誰にでも勝てるチャンスがある。しかも、勉強や運動などと違って、学年を超えて戦える。だからこそ、息子はここにかけているのだろう。この戦いに勝つことは、彼がこれから生きていく上での大きな自信につながるはずだ。
私は腹を決めた。よし、今冬も全力で息子を応援しよう。
一年中着続けて、すっかりヨレヨレになっている半袖半ズボンを新調すべく、この季節にあえて、ペラッペラの半袖半ズボンを何枚も買い足したのだった。
***
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