メディアグランプリ

音痴な歌が隠し持ってたもの


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:白峰優梨子(ライティング・ゼミ11月コース)
 
 
私は物心ついた頃からしょっちゅう歌ってる子供だった。
幼稚園の時は童謡歌手のレコードを聞いて真似して一緒に歌っていた。
 
小1の音楽の時間に童謡『おうま』を元気よく大きな声で歌っていたら、先生が「1人で歌ってごらんなさい」と言ったので、初めて皆んなの前で歌った。終わると先生が笑顔で拍手してくれたので、凄く誇らして嬉しかった。
 
その当時、大人気だったテレビ番組「日清ちびっこのどじまん」に出たいなと思って、『涙くんさよなら』という曲を一生懸命練習したりもした。まぁ結局勇気が無くて応募はしなかったが、相変わらず歌うことは大好きだった。
 
それから地元の少年少女合唱団に入ってアルトでハモる楽しさを知った。日帰り遠足の時に、バスの中でも歩きながらでも友達が歌うとハモりをつけて歌い続けた。その結果、声が枯れて出なくなり、迎えに来た母が呆れ返るほどだった。
 
中学生になるとラジオで「全米トップ40」という音楽番組を聞き、その当時流行ってたアメリカンポップスに熱中して、ありとあらゆる歌手に憧れてこんな風にカッコ良く歌える歌手になりたいと思ってた。
 
同じ頃、東京で観た初めてのミュージカル映画「マイ・フェア・レディ」に魅了されてしまい、レコードと一緒に何度も何度も主人公のイライザになりきって歌ってた。
 
どんなジャンルの歌も歌うのが楽しかったので、とにかく色んなジャンルの歌が歌える歌手になる! という夢がどんどん膨らんでいったのだった。
 
そんな中3最後の夏休みに林間学校があった。
2泊3日の最終日、夕食後は各クラスが余興をする時間だった。
 
そこであるクラスがその頃ヒットしてた『翼をください』を歌ったのだ。
 
大広間の板張りのステージにクラスのメンバーが横に1列に並んでいて、その前の中央に針谷君が1人立っていた。彼はちょっと小太りで名前は知ってたけど、話をしたことは無いし、大して目立つ存在でもなかった。
 
「ふ〜ん、あの子が歌うんだ。何であの子?」と変な気持ちだった。
 
畳のところには他の生徒全員が座って見ていて、もちろん私もそこでステージを見ていた。
 
ピアノの前奏が始まり、針谷君が『翼をください』をソロで歌い始めた。
 
「……」一瞬、空気が固まった。
 
その後クスクスと笑いが起きた。そして、そのうちガヤガヤとし始め「何あれ?」「ひで〜」という声が聞こえてきた。
 
そう! 針谷君はどんでもない音痴だったのだ!!!
 
私も「ウッソ、なんであの子がソロなんか歌ってんの? 音痴のくせに」と周りの友人達と小馬鹿にして笑った。
 
歌が始まってステージ上に居たクラスメイト達も客席の仲間達の反応に気づいて、もの凄く気まずそうな様子だった。
 
そして、ついにヤジも飛んだ。
 
「下手くそ〜! やめろ〜!」
 
でも、針谷君はそんな声は聞こえていないかのように、一切動ずること無く一生懸命心を込めて歌い続けた。そして彼の後ろに並んでいたクラスの仲間も、針谷君と一緒にコーラスパートに加わって歌い続けた。
 
暫くすると周りのクスクスもヤジも止んで、シーンとなって皆んな歌を聞きながらステージを見ていた。
 
私といえば、何が何だか訳も分からず涙が溢れて止まらなくなっていた。
 
「え? なんでこんな音痴の歌に涙が出ちゃうの?」
 
針谷君とクラスの仲間は懸命に歌い続ける。
 
最後には彼の想いが部屋中に溢れて、全員が黙って聞いていた。
 
私は彼をバカにしたり見下したことへの申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 
「ごめんなさい。下手くそでも周りからヤジを飛ばされても、気にせずにこんなに一生懸命心を込めて歌えるのって凄い。なのに私ったら音痴なんだから人前で歌うなんて恥ずかしい。やめちまえなんて思った。本当にごめん」
 
針谷君はホントにありえないくらいのひどい音痴だったけど、彼がこの歌をどれだけ大好きで心を込めて歌ったかは、十分過ぎるくらい伝わってきたのだ。
 
私は小さい頃から歌が大好きで素敵、気持ちいい、カッコイイってのがいいんだと思ってた。だから沢山の歌手の真似をして、色んな歌が歌える歌手になりたい! って思ってたけど、針谷君みたいに自分の想いを込めて歌ったことはなかった。
 
そう、これほどまでに心を揺さぶられた歌を聞いたことはなかった。
 
衝撃だった。
 
下手くそでも心からの歌って人の心を動かすんだって思い知らされた経験だった。
 
後から聞いた話だけど、あの曲を歌うことになった時、針谷君は最初のソロを自分に歌わせて欲しいとクラスの皆んなにお願いしたそうだ。みんなは大反対したけど、あまりにも熱心にお願いされたので渋々承知したという。
 
「そうだったんだ……」
 
そんな出来事があった夏が過ぎて、秋の運動会の数日前、針谷君は自転車に乗っていた時に交差点でトラックに跳ねられて、天国に召されていってしまった。
 
ご家族が、学年の子たちみんなに針谷君が生前に書いていた詩を集めた詩集を作って、配ってくれた。
そこには彼が飼っていた文鳥に関する詩があって、空を飛べたらいいのにという憧れを書いた内容だった。
 
彼は心から『翼をください』の歌詞に共感してたから、音痴でもあんな風に皆んなを黙らせるほどの歌が歌えたんだ。
 
自分の奥深いところに繋がって、上手く歌おうとか聴かせようとか一切ない。曲と繋がって自分の感じる想いをただ純粋に歌っていただけ。
 
私は歌手ではなく演劇の道に進んだが、今から思えばこの時の経験が表現の根幹を学ばせてもらったのだと思う。
 
運動会の時期の秋の空を見ると針谷君を思い出す。彼は希望通り空を自由に飛んでいるのかもしれないな。針谷君……ありがとう。
 
 
 
 
***

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2024-12-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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