籠に乗るか、わらじを編むか。それが職業選択だ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:あき(ライティング・ゼミ9月コース)
「大学生になったら、どんなバイトしたい?」1年前、受験勉強真っ只中の姪に聞いた。少しでも明るい気分になれば、と思って。
「う〜ん……。なんでもいいけど、将来の仕事につながるようなバイト。それがいいって、みんな言うから」
無理もない。将来何をしたいのか考え、そのために大学を選び、その大学に入るために今勉強しなさいと、刷り込まれていた時だ。
でも、未来のために今を生きるだけでは、少し窮屈すぎる気がした。遊び心の中にこそ、予想もしなかった未来への扉があるのではないか――そんな思いが少し胸をかすめた。
「獣医学部だったら、やっぱり動物病院とかかな?」と聞いたら「そうだね」と気のない返事をしながら、参考書に目を落とす。それきり会話は途切れてしまった。
晴れて大学生になった姪が、最近したバイトは、『競馬のレースで騎手が落馬した際、騎手を失った馬を安全に確保する』というものだ。要するにテニスのボールボーイ(ガール)の馬版だ。
そんなことが『仕事』として存在しているなんて、彼女も含め家族の誰一人知らなかった。そして、それはとても楽しそうな仕事だった。
「だって、出走馬がバッチリ見える、かぶりつきの席なんだよ! レースの緊張感がビシビシ伝わってくるの。それにさ、よく見てると、あの馬は落ち着きがないとか、あの馬は緊張しているとかが、なんとなく分かってくる気がするしね。落馬が起きたら冷静に対処しないといけないから、すごく集中するんだけどね!」
興奮気味に語る姪の声には、楽しさと同時に責任感がにじんでいた。そんな彼女に、そのバイト将来につながりそう?と聞くほど、私は意地悪じゃない。
世の中には驚くほど多種多様な仕事があり、それを覗き見ることができるのが、バイトという特権なのだと、改めて思う。
私がしたバイトの中でダントツに面白かったのは、交通調査だ。関西国際空港を作るにあたり、どの便をどのくらい新空港に離発着させるかを決める必要がある。そのためには、現在成田空港を利用している旅客の動きを知る必要がある。その調査を請け負った会社に、10日間バイトとして雇われたのだ。
夜明け前、新宿駅に集合する。調査会社の人が運転するマイクロバスに乗り込むと、まだ薄暗い街を抜けて成田空港へ向かう。車内では、眠そうな大学生たちが次々と爆睡していった。
空港に着くと、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉が開き、普段は足を踏み入れることのない通路を通って出発ロビーへ移動する。その時点で、バイトというより何か特別な任務をしているような気分になった。各自分担票と調査票の束を渡される。
各便につき、3、4名の搭乗者に、空港までの交通手段と所要時間時間や移動の目的など、A3両面にびっしり書かれた質問に記入して答えてもらう。今ならQRコードで行うような調査だ。
担当便の搭乗口で、外国人ビジネスマンに声をかけると、少し面倒くさそうな顔をされた。でも「Where is your final destination?」と聞くと、「ロンドン。今からフランクフルトだから、1週間後になるけれど」と微笑んで、快く回答してくれた。
旅人たちの期待や緊張感が漂い、キャリーケースが床を滑る音とアナウンスが響く出発ロビーで、朝から夜までアンケートを取る。それは、普段の生活では決して味わえないものだった。見知らぬ人々の旅の断片に触れるたびに、自分自身も彼らの旅の一部になったような感覚が湧き上がってくる。ありがたいことに、拘束時間が長かったため、バイト代もよかった。
私は今空港とも交通とも全く関係ない仕事をしている。けれど、「こんな仕事があったんだ!」と目から鱗の貴重な空港バイト体験のおかげで、自分は表舞台に立つより、縁の下の力持ち的な仕事に喜びとプライドを見い出すタイプなのだと発見できた。
地味で目立たない仕事――資料を整えたり、会議室の空調を確認したり――をする時、思い出す。
『籠に乗る人、籠担ぐ人、そのまたわらじを作る人』
富山生まれの祖母が、よく節をつけて歌うように聞かせてくれた言葉だ。
世の中には色々な仕事があって、籠に乗っている人は目立つけれど、その人が乗る籠を支える人がいてこそ成り立つ。籠かつぎの人が履くわらじを作るのも立派な仕事だ。そして、どんな仕事にも、それをした人にだけ分かる誇りと喜びがある。
祖母は幼稚園の先生だった。そして自分を「わらじを作る人」と認識していた――子供が安全に生き生きと成長していけるように、場所を整えるのが自分の役割なのだ、と。
レース中の馬の動きに目を光らせ、馬が怪我をしないように、素早く安全なところへと移動する姪。レースのスリルや華やかさの陰で、支える役割を楽しみ、誇らしく感じる心。それこそが、彼女をどんな仕事に就こうとも輝かせるのだと思う。もしも動物病院でバイトをする機会があったら、怪我や病気の動物と、心配する飼い主の両方に目を配りつつ動けるアシスタントとして、案外いい仕事をするのでは。叔母のひいき目かもしれないが、彼女もまた『わらじを作る人』なのかもしれない。
関空には一度も降り立ったことがない。でも、あれは私がわらじを編んで作った空港だ。
言い過ぎ? 分かってる。それでも、あの空港のどこかに、私たちが集めたデータが生きている――そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。誰かの旅を支える、そんな役割を担えたことが、今でも誇らしいのだ。
***
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