僕がワシントンのスラム街で殺されなかった理由
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記事:髙木穣(ライティング・ゼミ9月コース)
殺されるかもしれない……。
一度だけそう思ったことがあった。40年前の話しである。
私は大学5年生。必須科目のキリスト教学の単位を落としてしまって、留年していた。キリスト教学は半年で単位がとれたので、5年生の後半は少し暇をしていた。
そこで、同じく留年していた友人とアメリカ旅行に行くことにした。
バイトで貯めたお金と親に借金をして、3週間の滞在旅行。ニューヨークに入り、帰りはロサンゼルスから帰国することにした。途中はレンタカーを借りて、アメリカ横断。詳細な計画は立てていない。英語は2人とも全然話せないが、少し冒険っぽいことをやってみたかったのだ。
ニューヨークで数日過ごした後、いよいよレンタカーを借りて横断出発。
ワシントンを目指した。
ワシントンについたのは夕方近かった。ホワイトハウスに寄って、その日とっていた宿に向かおうとしていた。
その時、トラブルは起こった。
ホワイトハウスのすぐそばの交差点で交通事故を起こした。
左折した僕らの車の横っぱらに車が突っ込んできた。友人が運転していたが、彼の運転ミスだ。幸い誰も怪我はしていない。ただこちらはかなりのパニック状態。
僕らは英語が話せないので、相手側が警察を呼んで何らかの処理をしてくれた。そのやりとりにも苦労したが、さらに大変だったのはその後だ。
車が動かないのである。
もうあたりはかなり暗くなっていた。しかたがないので、車は路肩に置きっぱなしにして、ひとまずタクシーで予約を入れている宿に向かうことにした。
タクシーを拾う。
行先を伝えると、「そっちには行かないから駄目だ」と乗車拒否される。
もう遅いので運転手が帰る方向でないと乗せてくれないようだ。
何台か拒否されて、途方に暮れていた時、向こうから声をかけてくれるタクシーがあった。
「ここに行きたいんです」と伝えると「OK!」と言って乗せてくれた。
ひとまず宿に行ける。今夜宿泊する宿は日本人を歓迎しているアットホームな雰囲気のところらしく、英語が話せる日本人もたくさんいるようだ。だから、そこで今後のことは色々相談しようと思っていた。つまり宿に着きさえすれば一安心なのだ。そしていま、宿に行くためのタクシーを確保することができた。僕たちはものすごい安心感に包まれて後部座席に乗り込んだ。
距離は結構離れているらしい。タクシーにしばらく乗っていると都会からだんだんとさみしい雰囲気の場所に入っていった。どうもスラム街の方向らしい。
「これ大丈夫か?」
そう思うと黒人の運転手の存在が少し恐ろしいものに見えてきた。
そんな時、運転手がバス停のようなところで不意に停まり、窓をあけて、外の人に話しかけている。
「何やってんだ?」
たぶん訛りも強かったのだろう。何を話しているか全くわからなかった。
すると、驚くべきことが起きる。
助手席にその運転手が話しかけていた黒人の男が乗ってきたのだ。
その黒人は後部座席の我々をちらっと見て、助手席に座った。
なんの説明もなく、またタクシーはさみしい方向に向かって出発する。
「仲間か?」
僕たちは恐怖心がピークに達していた。
今思うとかなりの偏見だが、暗い中で見る黒人ってものすごく怖い。
その恐怖からふとある言葉が頭によぎる。
「殺されるかもしれない」
今考えるとかなりの飛躍だが、やっぱりこういう時は極端に悪いことを考えてしまう。
友人と二人で覚悟を決めた。
友人は大学で少林寺拳法部だったし、僕も剣道部だ。いざっとなったら、大学体育会で鍛え上げた体を駆使して戦う覚悟だった。
もう深夜に近い。予想通り、暗いところで車は泊まった。
そして運転手は後ろを向いて、一言言う。
「着いたよ」
すると近くの玄関の電気がパッとついた。
そしてその玄関から人が出てきた。どうもそこが宿で、その宿の人が心配して待っててくれたようだ。
その光で運転手の顔も見えた、ニコッと笑ってくれている。
「あれ? 単に親切に宿の前まで送ってくれただけじゃん!」
宿泊する宿がスラム街のある地域に位置していたようだ。
無茶苦茶安堵して、ものすごくチップをはずんだ気がする。
暗闇で殺し屋のように感じていた運転手の笑顔が天使のように感じた。
宿の人も、宿に泊まっていた日本人もものすごく温かく迎えてくれた。
全く知らない人たちなのに、事故を起こしたことを知って、本当に心配してくれていたのだ。
その時に心底感じた。
「世界はすごく優しいところなのかもしれない……」
冷静に今から考えるととんだ茶番だが、その時は優しい世界に存在している幸福感をすごく感じていた。
この経験から、それ以降辛いことや大変なことがあった時こそ「世界は案外優しいところだ」とその時の感覚を思い出すようにしている。そうすると、人も助けてくれるし、今のありがたみが見えてくるのだ。
自分自身の世界の見方が、世界を創っているのだと思わせてくれる体験だった。
しかし、いまだにあの助手席に乗ってきた黒人は何だったのかは不明のままである。
***
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