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『源氏物語』をAudibleで400時間聴き続けたら、白まひろと黒まひろに会えた話


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記事:いろは(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
「今2周目なので、トータルで400時間くらいですね」
 
「えー、すごいですね。よくそんなに聴けましたね」
 
今年の秋以降、この「400時間」で、会話のつかみはほぼOKだ。大河ドラマ『光る君へ』を見ているかどうか、『源氏物語』は読んだことあるかどうか。この2つの質問で、今年は日本津々浦々、かなりの高確率で初対面の方とも打ち解けることができた。
 
私はAudibleで『源氏物語』現代語訳の与謝野晶子版70時間、瀬戸内寂聴版118時間、角田光代版18時間(現時点では2巻までがAudible化)を耳読している。約3か月で1周目の200時間を聴き終わって、今は2周目が終わりそうなので計400時間という計算だ。
 
歴史にも古典にも詳しくない私だが、毎年欠かさず大河ドラマは見る派だ。「武士の本懐」や「もののあわれ」が大好きで、お家のために不条理な死を遂げる登場人物を見ては号泣。大河ドラマは一種、私の心のデトックスツールだ。
 
だが、『光る君へ』からは韓ドラのようなラブロマンスの雰囲気がふんだんに感じ取られて、私は正直少し戸惑った。合戦のない大河ドラマをどう見ればいいのだろう。そんな迷いの中、『光る君へ』でのオマージュ拾いをしたいがために、『源氏物語』を読んでみることにした。
 
最初は『源氏物語 現代語訳・角田光代版』1巻を購入して読み始めたのだが、加齢のせいか字が小さくて目がしんどい。ちょうどその頃、湘南天狼院のスタッフの方から「家事しながらAudibleで聴いてますよ」とナイスアイディアをお聞きして、耳読に切り替えた。
 
関西弁の『源氏物語』や関連本も含めると、Audibleで聴ける『源氏物語』は数多あるのだが、私は『源氏物語』現代語訳の与謝野晶子版、瀬戸内寂聴版、角田光代版を聴き比べしている。
 
与謝野晶子版はそれぞれの巻頭に晶子の歌が配されており、語りは女性が一人で声色を変えて朗読していく。瀬戸内寂聴版の語りは三田佳子さん。そのほかも豪華キャストが声で出演していて、効果音も入っているので、さながらラジオドラマのようだ。角田光代版も語りは女性一人で、巻ごとにサブタイトルがつけてあり、連想ゲームからの新聞連載。のような軽快なテンポと全体としてのまとまりもある。型も三者三様なら、中身の解釈も三者三様なので、聴く側は与謝野晶子、瀬戸内寂聴、角田光代各氏の目を通した『源氏物語』を味わえることになる。 
 
実際に聴き始める前は、『源氏物語』はプレーボーイ光源氏の恋愛遍歴話、そして怖い愛人六条御息所のオカルトストーリーだと思い込んでいたが、ドラマを見て、物語を聴いてみて、ラブロマンスとオカルトは切り取った一部であって、実際に描かれているのは「良識と常識」という普遍的なテーマだと感じた。Audibleで聴いた三つの『源氏物語』のそれぞれの解釈と、『光る君へ』のストーリーや映像美が受ける側の感度をこれでもかと高揚させ、私の心は深く揺さぶられた。
 
「良識」と「常識」の違いをAIに聞いてみたところ、「常識は時代の変化とともに変化しますが、良識は変わらないものです。 良識はすぐれた力で他人に尊敬されるべきものですが、常識は最低限持つべき当たり前の知識や判断力です」と答えてくれた。
 
「良識」と「常識」は、大河ドラマ『光る君へ』では「白まひろ」と「黒まひろ」と言い換えられそうだ。
 
若い頃、倫子の土御門邸のサロンで「偏継(へんつ)ぎ」をした際、周囲の空気を読まず、一人勝ちしたまひろは、同調圧力へのあくなき抵抗=「白まひろ」そのものだ。一条天皇に対して「政のあるべき姿」を臆せず物申す「白まひろ」を発揮したことによって、一条天皇からも一目置かれる存在になり、まひろが描いた『源氏物語』のある彰子の元に一条天皇は通ってくるようになる。
 
もちろん、道長からの「正妻は無理だ。妾になってくれ」という頼みを断ったのは(途中で妾でもいいと思い直したが、時すでに遅し)「白まひろ」エンジン全開状態だ。
 
そのくせ、10話“月夜の陰謀”では、破れたれた天井から月明りが差し込む東屋で、道長とまひろが初めて愛を交わしたあと、まひろは「人は幸せでも泣くし、悲しくても泣くのよ」良識と常識、白まひろと黒まひろの境界を漂う姿も見せた。
 
『光る君へ』の終盤で、倫子からまひろに道長の物語を書いてと頼んだくだりがあった。これは後の『栄華物語』という設定で、倫子に仕える赤染衛門が書くことになるのだが、これを辞するまひろのセリフが「心の闇に惹かれる性分でございますので」だった。物語を書く時のまひろの心は黒まひろで「闇」に惹かれると明言しているのはとても興味深かった。
 
白まひろの純粋な光と、黒まひろの影が交錯する姿は、『源氏物語』という光に照射された読者の心の中の闇そのものなのだ。
 
『源氏物語』の「須磨返り」と呼ばれる現象についても気づいたことがある。『源氏物語』の「須磨」の巻は、物語全体の四分の一くらいに位置していて、光源氏の輝かしい前途に影が差すターニングポイントでもある。都を離れて舞台が須磨に移ることで多くの読者が挫折してしまうという点で俗に「須磨返り」と呼ばれている。
 
『源氏物語』を聴き通してみて、須磨での光源氏の孤独や自己省察が、都に返り咲いた後の更に華やかな物語に繋がる重要な転換点だということを知った。「須磨」を味わうことで、その先への奥行きが広がるのだ。
 
『光る君へ』でも、まひろは道長に別れを告げて、須磨の海岸をはばたくように走っていた。「須磨」は挫折したあとの折り返しポイントで、良識や常識を超えた人の「業」の奥深さのスタート地点だと感じた。
 
オマージュや伏線拾いのために『源氏物語』を聴き漁っていた私が、帰省に絡めて須磨の海岸に立ち寄ってみたら、海岸で走るまひろのように既成概念からの「はばたき」を感じた。オマージュや伏線回収も楽しいが、自己投影して自分の物語として『源氏物語』の大海を漂えばよいのだ。
 
きっと、平安時代も現代も不確かであいまいな良識、時代の常識が私たちを抑制しているだけで、やろうと思えばできてしまうのだ。いつの時代も、女子(おなご)も男子(おのこ)もしてはいけないことをやる快感や欲望を『源氏物語』や『光る君へ』に投影して、頭や心の中で濃密な時を過ごす。だから千年読み継がれ、『光る君へ』は皆に愛されたのだと思う。
 
もし、活字の『源氏物語』で須磨返りをした方がいらしたら、今度はAudibleで続きを聴き進めて、醍醐味を味わってみるのも一つの手だと思う。
 
Audibleで400時間、ドラマは最低2回以上見たので100時間として併せて500時間『光る君へ』と『源氏物語』にどっぷりと浸かった私の2024年はこうして暮れようとしている。
 
来年はどんなべらぼうが待っているのか。嵐が来るのかどうかこの目と耳で確かめたい。
 
 
 
 
***

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2024-12-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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