AM7:40の断水狂騒曲
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:パナ子(ライティング・ゼミ9月コース)
おい、嘘だろ……??
校庭で遊びたいから、とやたら早めに登校するようになった8才の長男を送り出した後、事件は起こった。
台所でちょっと水を出そうとするも、蛇口からの反応が一切ない。
さっきまで威勢よくジャーッと飛び出しては流れていた無色透明のありがたい液体は「もう出してやるもんかい!」とでも言わんばかりに完全にビタッと止まった。
AM7:40だった。
おねむの次男5才を起こして、朝の支度はこれから佳境を迎えるというのに!
しかも今日はパートの勤務日だ。まだ顔も洗っていない。
アワアワしながらも、私はとりあえず管理会社に電話をかける。2~3回のコール音が鳴ったあと、耳元に響くは悲しい留守番電話の声。
でしょうね!!
会社の電話が営業時間以外に繋がることは、まずない。
事務的にアナウンスする女性が「営業時間内にお掛け直しください」と言ったあと、非常時専用のコールセンターの番号を知らせ、電話は切れた。
そうか、その手があったか。
気を取り直し、私はコールセンターに一縷の望みをかけた。
「どうされましたか?」と明るくハキハキとした声で言われてホッとする。朝早くから一生懸命働く彼女になら、今の私の気持ちを理解してもらえるかもしれない。すまん、こちとら顔も洗えてないんだ。
事情を説明すると彼女は言った。
「それは個人的なトラブルでしょうか? それともマンション全体のトラブルでしょうか?」
そ、そんな……わかるわけな……と心で言いかけたところで、私は思い当たる節がある事を彼女に伝えた。
実は、マンション全体の大改修工事が長期間行われている最中で、昨日にいたっては玄関前にミニパワーショベルを持ち出してガガガガと地面を掘り起こしていた。
(やたら派手に掘ってんな~)と思いつつ私は邪魔にならないように横を通り過ぎたのだ。
「もしかしたら、掘り起こしていた事と断水が関係あるかもしれません!」
これで一歩前進かと思いきや、残念な声で彼女は言った。
「でしたら……マンション全体のトラブルですね……申し訳ございませんが、その場合はこちらのサービスの対象外となります」
な、なんだってぇ~~!?!?!?
一体全体何のための非常時コールセンターなのだ。
説明によると、このコールセンターは管理会社から委託された完全に別の会社であり、対象は入居者宅内での水漏れや設備の不具合などに限られるという。
モヤモヤとした思いが残るものの、彼女に言うわけにもいかず「じゃあ、仕方がないですね! わかりました!」振り切るように明るい声でお礼を言って電話を切った。
さて、どうするか。
5才の次男を九時までに幼稚園に送らなければならないし、そのあと私もパートに行かねばならない。
不幸中の幸いだったのは、朝食と5才のお弁当の準備が済んでいたことだ。しかも水が一滴も出ない中、ポットにたっぷりの麦茶をこしらていた自分、グッジョブ過ぎる。いつもより麦茶が黄金に光って見える。
「ねえ大変、起きて。お水が全然出ないの」
いまだスヤスヤと天使みたいな可愛らしい顔で眠る5才を揺り動かす。
薄目を開けて「えっ……おみず……??」と言いながら起きた5才をリビングへ促す。
「トイレでおしっこしてきて欲しいんだけど、お水流れないからそのままにしておいてね」
その数秒後だった。
寝ぼけまなこのまま、5才は水を流した。まだおしっこをしてないというのに!
ジャーーーーーーーッ。
勢い良くトイレのなかを流れる水を、パジャマ姿のまま見つめる5才の背中が見える。
どうやらタンク内にたまった水がまだあったようだ。
一瞬(え? 水流れるやん?)と思ったのも束の間、私は悟った。違う、あれはこの断水中という緊急事態のなか残された最後のありがたい水だ。
オーマイガッ!!
「ちょっと! 何してるの! まだおしっこしてないよね!?」
キャパシティが相変わらずミニマムな母はパニックになって5才を叱責する。
「あっ……ごめん……」
急に大声を出されてシュンとなってしまった5才を見て我に返る。いかんいかん、水が止まった事で心の余裕がギューッと圧縮されている。ごめんと謝りながら5才の手を洗うため洗面所に連れて行く。
あ、そうだった。水、出ないんだった。
こうして断水してみると、毎日息を吐くように蛇口をひねっていることが本当によくわかる。5才の小さいおててを消毒用の濡れティッシュでふきふきしながら水のありがたさをしみじみ考える。
その後、何度も無意識に蛇口をひねっては(だから出ないんだってば!)を繰り返し、5回ほどそれをやってようやく断水中であることが体に馴染んだ。
水。
生活にこれほど根ざして、これほどさりげなく、これほど人類を救っている物体が他にあるだろうか。
水への感謝が頭を占め始めた時、5才が言った。
「おかーつぁん、うんち」
完全に詰んだ。
もうタンク内の水はカラカラで流れる奇跡は起きそうにない。
「こっちにおいで」
私はトイレでなく廊下に5才を呼び出した。
「この上にまたがってウンチしてくれる?」
新聞紙とキッチンペーパーを重ねたものを指さした。
疑いの目を向けつつ、5才なりに察したのか可愛い尻を私に向けながらまたがった。
可愛い尻から繰り出された立派なウンピを小さいギフトのように大事に包み込んだあと、匂いが移らないというお高いビニール袋を出してきてギュッと縛った。よかった、高級ビニールに救われた。
その後私たちは歯磨きのすすぎを麦茶で行い、顔を洗う代わりに化粧水で汚れを拭き取り、手を消毒用の濡れティッシュで拭きなんとか朝の準備を終わらせた。
幼稚園に送るために一階へ降りると、ジャンパー姿の管理会社の男たちが忙しなく動いているのが見えた。
「ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」
よかった、どうやら話は進みだしたようだ。
とりあえず、こんな非常事態に備えてペットボトルの水一本だけでも買おう!
水への感謝と共に、水への誓いを唱えながら幼稚園へ急いだ。
***
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