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お菓子のタクシーで味わった「はたらく」楽しみ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:777(ライテイィング・ゼミ11月コース)
 
 
「そこにお菓子が入っているので、ご自由にお食べください」
 
タクシーに乗るなり驚いた。
助手席の背面に小さなカゴがつるされ、溢れそうに入ったキャンディーがきらきらと輝いていた。座席も毛足の長いふかふかのシートが敷かれていて、ふんわりと腰にやさしい。
 
「アームレストのなかにもありますので、どうぞお召し上がりください」
 
肘置きのフタをあけると、そこにも様々なお菓子がぎっしりと詰まっていた。
 
幹線道路で乗ったごく普通のタクシーだった。タクシー会社に所属している車で、個人タクシーではない。運転手は三十代らしい若い男性で、表情も声も明るかった。
 
キャンディーを一ついただいた。オレンジの甘い味に仕事の疲れが癒やされる。
 
会社の都合でタクシーを使う機会は多かったが、このような車は初めてだった。
タクシー会社では通常、数人で一台のタクシーを共用していると聞いたことがあった。ということは、この男性は自分が勤務に入るたびに内装を整え、おそらくお菓子も自腹で用意しているのではないか。
もしも自分が運転手だったら、労力と費用を考えてここまでしないだろうし、できない。
好奇心がわいて男性にたずねた。
 
「このお菓子はご自分で用意なさってるんですか?」
「そうです」
「内装も?」
「はい」
「大変じゃないですか? 毎回ここまで用意するのは」
「そうでもないですよ」
 
ハンドルをあやつりながら男性はさらりと答えた。やはりお菓子は自腹だった。
失礼かもしれないと思いつつ、私は聞いた。
 
「どうしてここまでなさってるんですか?」
「楽しく仕事がしたくて」
答えは早かった。
「お客さんが喜んでくれたらうれしいですし、そういうことを考えるのが好きなんです」
 
感心を超えて感動した。同時にかつての自分を思い出した。
 
テレビニュースの記事を書き、その映像を制作するディレクター業務に就いて一年ほど過ぎたころのことだった。
私は仕事に慣れたと思いはじめていた。自信がついたとも言えるが、反面、流れ作業のように仕事をこなすようにもなっていた。
 
「仕事に慣れる」というのは、良い面と悪い面がある。
 
良い面は、作業を効率よく処理できるようになること。
私の場合、毎日膨大に作業があって、すべてに全力を注ぐことはとうていできなかった。このため力を入れる作業と力を抜く作業を見分け、ときには重要度の低いタスクを切り捨てた。
こうして作業の取捨選択ができるようになれば、ある程度余裕をもって業務に取り組めるようになったし、ミスもほとんどしなくなった。
 
どんな職業でも限られた時間のなか質の高い働きをするなら、作業の効率化は不可欠だ。
とはいえ、「楽をしたい」と思った瞬間、「慣れ」の悪い面が顔を出す。
心にゆとりができた分、自分が楽をする方法を考えてしまうのだ。そして作業をさぼって質の低い仕事をする自分を、効率化の一言で正当化するようになるのだ。
 
当時の私がまさにそうだった。
 
ある日、昼の番組で担当したニュースの一つを夕方の番組でも放送することになった。私は昼の番組で編集した映像を、そのまま夕方の番組でも「使い回す」ことにして、上司の承認も得た。
ほかにも準備しなければならないニュースがあったからで、同じ映像をくり返し使用するのは業務としてもなんら問題はなかった。
 
そこで私は、昼の映像編集を一緒に担当した「編集マン(ディレクターの指示のもと編集機を操作して映像を編集する担当者)」に、昼の番組で制作した映像を夕方の番組でもそのまま使用することを伝えた。
すると、編集マンが「編集しなおさなかいか」と言ってきた。昼で使用した映像より質の良い映像が新しく入ったから作り直そうと言うのだ。
 
この編集マンは、私よりも三十年以上キャリアのあるベテランだった。その大先輩が、本来なら私の役目である新しい映像の確認までして、再編集しようと提案してくださったのだ。
 
しかし、当該のニュースはいわゆる「小ネタ」で、私は大勢の視聴者が気にかけて観るものではないと判断して、新しい映像を確認すらしていなかった。
なにより、再編集の作業を入れてしまったら、夕方の番組に向けて「自分が休める時間が減って」しまう。
 
「しなくていいですよ。大したニュースじゃないですから」
 
私は答えた。すると大先輩は怒るでもなく、おだやかな口調でこう言った。
 
「観てくれる人が一人でもいるなら、より良いものにして観てもらおうよ。それが僕たちの仕事じゃないか」
 
巨大なハンマーで頭を殴り飛ばされた気がした。
 
先輩はすでに還暦をすぎ、私の父と同じくらいの年齢だった。ベトナム戦争のころから編集の仕事をしていて、ビデオテープが登場する前、フィルムをハサミで切ってテープでつないでいた時代から編集業務に携わってきた人だった。
それほどの先達が、「視聴者のために良い仕事をしよう」と、まるで子どもが遊びに誘うように素朴に言ったのだ。
それはプロなら言うまでもない当然の心得だった。
 
たかが一年ちょっとで「できるようになった」と図に乗っていた自分を、唐突に、そしてはっきりと思い知らされた。
私は自分が恥ずかしくなってなにも言えなくなった。
 
その後、大先輩の横に座って再編集した。できあがった映像は、あきらかに良いものになっていた。
まぎれもない「誠実なプロの仕事」だった。
 
「どうもすみませんでした」
 
作業のあと、私は先輩に頭を下げた。先輩はなにも言わず、ただにっこりと笑っただけだった。
 
このときの経験は、私の働く姿勢の根幹になった。
 
若い運転手の背中に過去の自分を映しながら、私はある話を思い出した。
「働く」の語源にまつわる話だ。
 
「傍(はた)を楽(らく)にする」
 
この語源は諸説あって、これはその一つでしかないが、私はその運転手に、「はたをらくにする仕事」を見せてもらっている気持ちになっていた。
 
人が働くのは、ボランティアを除けば、概ね自分や家族の生活のためだろう。それは至極当然のことだ。
しかし、「自分のため」の意識が強くなりすぎれば、お客さまあってのサービス業でも、「はた迷惑」になりかねない。
 
だれかのために自分を殺して働くことを「はたらく」とは思わないが、自分のがんばりが自分以外のだれかの「楽」になるのなら、どのような職業、どのような立場であっても、それは「はたらく」甲斐があるというものだ。
 
「楽しく仕事がしたくて」
 
爽やかに言った若い運転手の仕事は、私をも楽しくしてくれた。
「傍を楽にする」ことは、突き詰めれば「自分も人も楽しくさせる」ことだと教えられた思いがした。
 
目的地につくまでのあいだ、車は快適にゆれ、お菓子はおいしく、会話は弾んだ。そして思った。
 
私も彼のように働いていこう。
 
車を降りるとき、私は彼にお礼を言った。
たくさんのお菓子と、たくさん傍を楽にしてくれたお礼を、心から。
 
 
 
 
***

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2025-01-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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