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末期癌で笑うことを忘れた母を笑わせたものとは


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:加藤 真矢(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
「ステージ4、病気の進行が早くなっています。次の春まで生きることがまず目標になるでしょう。残された時間をどう過ごすか、ご家族と相談が必要です」
 
末期癌で「治療はもうできない」と大学病院を出ることになった母に、
厳しい現実が突き付けられた年末、
私たち家族は、重苦しい空気に包まれた。
 
「事故や脳梗塞のように突然亡くなる場合とは違って、癌は残された時間の過ごし方を考えることができます」
「考えたくないだろうけれど、会いたい人に連絡を取ったり、好きなテレビ番組を見たりね。楽しくなれることを考えて。笑うことは健康にとっても良いことだから」
 
一体、何を言っているの??
往診に来たお医者さん、看護婦さんが言っていることが現実のことと受け止められず、
加藤家一同、ただただ呆然と静まり返ってしまった。
 
お医者さんたちが帰ってから、力なくベッドに臥せってしまった母。
 
「80歳ぐらいまで、当たり前に生きられると思っていたんだけどな。お父さんより長く生きられると思っていたんだけどな……」
 
まだ60代後半に差し掛かったばかり。
女性は平均寿命が長いし、娘の私も、そのぐらいまで当然生きるものと思っていた。
 
「元々趣味もそんなにないし、友達も少ないし、楽しいことなんて考えられない。お母さん、次の春までも生きられないかも。みんな元気でやってね。子どもたちが元気でいられるか、それだけが心配」
 
長女・真矢(40歳)、長男・正人(30代後半)、次男・優人(30代前半)、
父から知らせを受けて実家に集まったところ、なんと返してよいか分からず、皆押し黙っていた。
大学病院で抗がん剤治療、放射線治療を受けていた母は、副作用による食欲低下などの影響もあり、骨と皮ばかりに瘦せ細り、体力的にこれ以上の治療ができない状態となっていた。
 
「お帰り、真矢ちゃん」
 
と笑顔で迎えてくれていた母はもういない。疲れ切った廃人状態が痛々しい。
そこからは、過酷な在宅看護が始まった。
 
「ここ、まだ汚れが残っている」
 
年末年始は長女の私が全面的に家事を担っていたが、いつもなら
 
「真矢ちゃん、洗い物してくれてありがとう!」
 
と家事を手伝う度に笑顔で喜んでくれたところ、駄目だしばかりされていた。
普段からとても丁寧に家事をしていた母。
今思えば、自分が思うように家事ができなくなった辛さをぶつけていたのかと思うけれど、感謝されるどころか苦言を呈されることがショックでたまらなくなった。
 
どうしちゃったの? お母さん……
 
介護を始めた父に対しても同様、
入浴介助中は、
 
「もう少し丁寧に洗って」
「ここがまだ洗えてない」
 
と駄目だしが止まらない。
振り返ると、病気で疲れ切ってしまうと、心のゆとりがなくなってしまうのかと思う。
しかしながら私たち家族は、献身的に尽くしているつもりが、父曰く、「文句ばかり」言われる現実に耐えられないでいた。
これが、家族が看護・介護する厳しさなのか。
 
そんな日々を過ごしていたある時、父と母が激しい口論になってしまった。
飲み込む力が低下して薬の服用が苦しくなったことをお医者さんに相談し、錠剤を粉状に砕いて処方してもらったところ、それが母にうまく伝わっておらず、混乱していたのだ。
 
「勝手にやらないで! どの薬を飲むのか、分からなくなっちゃったじゃない!」
「お前が、飲みにくい、って言っていただろうが!」
「だからって、勝手にやられると分からなくなる! ちゃんと理解して飲みたいの! 私に確認してからにして!」
「お医者さんが来たときに確認したじゃないか! 勝手にはやってない!」
「聞いてない!」
 
言った、言わないの口論はどんどん激しくなり、
 
「お前のためにやったのに! もう知らん! もう何もせんぞ!!」
 
お父さん、お母さん、もうやめて……!!
 
父が顔を真っ赤にして、薬を叩きつけんばかりに声を荒げ、
長女の私は耐えきれずに耳を塞いだその時、
信じられない鶴の一声が響いた。
 
 
「もう、静かにして」
 
末の弟、優人がマイペースに口を挟み、テレビのボリュームを上げたのだ。
 
……。
……。
 
無言の後に、ぷっと苦笑した母。
 
「お父さん、一生懸命やってくれてるのに、つい喧嘩しちゃうのよね」
 
それは、長女・真矢、長男・正人が就職して実家を出て、
父、母、次男・優人の3人住まいだった時の、いつもの会話だったのだ。
 
病気だから、過剰に気を遣うんじゃなくて、いつも通りに接することなんだ。
優人の言動を見た私は、呆気に取られつつも、なんだか腑に落ちたような気がした。
 
そこからは時折、元気だった頃のような笑顔を見せてくれるようになった。
家事をする体力はすっかり失っていたところ、
年が明けて私が東京の自宅に戻る最終日には、
なんと、レトルトのぜんざいをレンジで温めて、切り餅をトースターで焼いて、
お椀にそっと手を添えて、
 
「どうぞ」
 
と運んでくれたのだ。
レンジとトースターの使用だけど、
エプロンをしてキッチンに立った母を見て、今にも、包丁が握れそうに見える姿に、
涙が止まらなかった。
 
 
病気になり、それまでできていたことができなくなることは、
本人にとって心底受け入れ難いだろうし、
受け止める家族にとっても辛い。
それでも、何気ない会話で、
病気になる前と変わらない日常を思い出し、
元気だった頃と変わらない日常生活も感じられるようにすること、
それが家族にできる一番の支えなのかもしれない。
 
残された時間は短いかもしれないし、思ったより長く生きられるかもしれず、
先のことは分からないけれど、
支える家族としては、できるだけ日常を思い出せるように寄り添って生きたい。
 
 
 
 
***

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