わたしたちに「縁起モノ」が必要な理由
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記事:(ライティング・ゼミ9月コース)しんがき 佐世(さよ)
新年、長崎の島に空き家がひとつ増えた。
それは数年前に大叔父が墓に入り、大叔母もいなくなって間もない家だ。
生活感のまだ残る家の玄関先で、まるい赤い実をつけた南天が揺れていた。
「南天は縁起が良い」と教えてくれたのは、大叔母だっただろうか。
古くから庭木として愛され、かわいらしく赤い実は厄を祓う、縁起モノ。
南天には「難を転じて福とする」ので、縁起がいい植物で、昔から正月飾りにも使われる。
その正月を迎えたばかりの、1月1日深夜1時に大叔母が亡くなった。
通夜の翌日に葬儀が行われ、そのあと火葬場へ向かった。
90年の命を支えてもろくなった骨を崩さないよう、わたしたち遺族はかわるがわる骨を拾っては骨壷にそっと移していった。
骨を拾うのは、何度やっても慣れるものではない。
太く角張った箸でぎこちなく、つかみやすい大きさの骨から拾い上げ、骨壷に収めていった。
すこし驚いたのは、火葬場の職員さんのていねいさだった。
職員さんは、乳白色の細かな骨を、白い灰から選り分け、親族の誰よりも細やかに骨を拾い続けた。
これまで骨を拾う場面をいくつか見てきた、どの人よりもていねいに時間をかけていた。
仕事柄、慣れているからだけではなく、故人への敬いがしぐさに現れていた。
おもむろに職員さんが、手にした箸を骨壺にまっすぐ下ろして、静かに中の骨を砕き始めた。
親族の子どもたちは目を見開き、骨が砕かれる光景を身じろぎもせず見つめた。
大人たちはわかっている。
大きな骨や幅ったい骨は、折らないと、ぜんぶ骨壷に納まりきらないのだ。
ついさっき丁重に、そっと拾い上げた骨が、ていねいに壊されていく。
静かな火葬場の一室で、ザス、ザス、と新雪を踏むような音が響いた。
あんなにていねいに入れたのに、壊すなんて。
初めて骨を拾う体験をしたとき、行為の矛盾に驚いたことを思い出した。
子どもたちの目にもそう映ったのかもしれない。
最後に職員さんは、取り分けておいた大叔母の喉仏の骨を崩さないように、そっと、すべての骨の上に置いた。
それから陶器のふたをゆっくり閉め、白い布で包む。
壊さないように、容れる。
容れるために、壊す。
どちらも、故人を悼む地元の風習だった。
わたしたちは矛盾を生きている。
翌日、大叔母の納骨を終えたあと、散歩した。
島の端をすこし歩くと、すでに廃校となった小学校があった。
子どもが校庭で、補助輪付きの黄色い自転車に乗って、母親と遊んでいる。
「何さい?」と聞くと、小さな手をパッと開いた。
校庭で遊ぶ母子から離れて、校舎をぐるり一周すると、裏手のツバキが満開だった。
「ツバキの蜜は甘めえよ」と教えてくれたのも、大叔母だっただろうか。
満開のツバキを見上げながら、南天のことを思い出した。
「縁起がいい」南天に、実は有毒性があり、美味しそうな赤い実を誤食して病院に運ばれた人の話を。
花びらを散らさず、花首ごとポトリ落ちるさまから「縁起が悪い」と忌避されるツバキ。
その実、良質の油や蜜が取れる有益な木だ。
有益性も有毒性も、人間の都合で慕われたり、恐れられたりする。
南天やツバキは、縁起づけに一喜一憂する人間の思惑など、どこ吹く風だ。
だけど、彼らのように天命を静かに生きるほど、わたしたちは強くはない。
だからこそ縁起モノに力を借りて、意味を与える営みが、わたしたちに必要なのかもしれない。
受験生への「すべる」「落ちる」忌み言葉を避けるのも、虹を見つけたら「いいことありそう」と喜ぶのも、同じことだ。
わたしたちが縁起モノを無視できないのは、よりどころの力を信じているからだろう。
占いを非科学的と信じない人も、初詣には神社へ出かけて御守りを求める。
御守りに科学的根拠はないのに「うまくいきますように」の形をした小さな袋を手にする。
縁起とは「きっかけ」を作り出し、「良い未来」を信じるための仕掛けだ。
日本では不吉とされる黒猫が、海外では幸運の象徴であるように、その解釈は文化によって異なる。
ときどき矛盾も抱え込む。
縁起モノには、矛盾があり、両義性がある。
毒がありながら、「幸福の象徴」とされる南天。
首ごと花を落とすのに、「日本美」の代表格であるツバキ。
その根底にあるのは、人間の祈りだ。
「うまくいってほしい」
「これ以上つらいことは起きないでほしい」
ただ静かに生をまっとうするツバキや南天に、ほんとうの「自然」の力を知る。
だけど、彼らほど、わたしたち人間は強くない。
死ぬのは悲しく、生きるのは大変だ。
だからこそ、縁起といった見えない力を借りて、生をまっとうするための解釈を生み出す。
南天は「難」を転じて「福」とする。
語呂合わせの縁起モノは、わたしたちの祖先が生んだ願いだ。
生きる意味をけなげに見いだして人生に挑むわたしたち人間は、強くはないが、弱くもない。
校舎をひとめぐりして、再び校庭に出た。
「自転車、カッコいいねえ! きいろ!」
校庭の真ん中を進む、黄色の新しい自転車をおいかけ、小さな背中を押してみた。
男の子は、補助輪をガタつかせながら、「うん! きいろ!」と笑って振り返る。
「きいろはね! かっこいい!」
わたしたちはこんなふうに、生きる意味を散らばせて、たくましく生きる。
***
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