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鍼とインド映画で、自分を探検する


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:永堀ちあき(ライティング・ゼミ1月コース)
 
 
「ザクザクしてますね~」
私の筋肉に対する感想である。
何事か、と思うより早く、首の付け根にズゥン……という鈍い衝撃が入り、だんだんと減衰していく。「うおぁ……」と言葉にならないうめき声が出る。
 
2025年の仕事始めは、月曜から金曜までの5日間フル出場だった。パソコンの画面にかじりつき、顔をしかめ、夢中でタイピングして居たら、労働開始2日目で早くも右肩が悲鳴を上げ始めた。漫画だったら、きっと極太の書き文字で「ビキーン!」とか何とか書かれると思う。
 
そんな調子だったので、いつもの鍼治療院に飛んで行き、担当の先生に第一声、「こりかたまってます!」と宣言する。
「あっ……これはね、泣きそうですねわたしが」
施術台にうつぶせになり、首・肩周りを先生にもみほぐしてもらったところ、明らかに危機感に満ちた声が降ってきた。思った以上にまずいらしい。
 
というわけで、こりかたまった筋肉に鍼を次々と打ってもらいながら、「やっぱりいつもより筋肉がザクザクしてますね」という評価をいただいたのである。その日はもう、何回うめいたかわからない。
 
鍼、ご存知だろうか。髪の毛ほどの細さの金属製の針で、身体の様々な部位のツボを刺激し、身体の痛みや不調の症状をやわらげる伝統的な治療法だ。映像や写真で、鍼治療のようすを見たことのある人もいるだろう。肩とか背中に、極細の針がいっぱい刺さっているようすは、ビジュアル的にもそこそこ衝撃的ではある。
 
私が鍼治療院に通いだしたのは、根深い肩こりをやわらげるためだ。高校時代、長時間の受験勉強の結果、いつからか肩こりが居座るようになった。やつは大変な律義者なので、ずっといる。でも、病院に行って症状を訴えるほどではない。そういうぼんやりした困りごとに対応できるのがたぶん東洋医学で、鍼とか灸なんだろう。そんな中、たまたま徒歩圏内に鍼治療院を見つけたので、かれこれ半年通っている。
 
初めて治療を受けたとき、先生から鍼の不思議についていろいろと教えてもらった。曰く、鍼治療のメカニズムは、まだ解明されていないことも多いという。
「鍼でツボを刺激すると、ちょっと特殊な神経が目覚めるらしいんです。でもその神経は、ふだん普通に生活していたら、働かない。鍼治療のときだけ目を覚ます神経があるといわれているんですよ」
へー、と思った。私の身体にも、そんな未知の領域があったとは。鍼を通じて触れてもらわなければ、一生動き出すことのない器官が。
 
心にも、まだ活性化されていない未知の領域があると思う。
ヒトは、生まれたその瞬間から外界の刺激にさらされ、未知の感情を掘り起こし、人間として生成変化していく。
だが、いつからか、刺激に対して保守的になり、いつも似たような人と接したり、同じような服ばかり着たりするようになる。
 
私が最も顕著だと思うのは、コンテンツだ。子どもの頃に慣れ親しんだ音楽や、多感な時期に観た映画は、思いのほか影響が大きくて、人は知らず知らずの間に「自分が好きそうなコンテンツ」で自分を縛る。そして、「この映画を観たら、きっとこんな感情をたどって、こういう気持ちで終わるんだろうな」と予測するだけで満足して、「やっぱり邦画もハリウッド映画も飽きてきたなあ」などとぬかす始末だ。私のことである(しかも、さほど映画を多く見るほうではないのに、だ)。それでいて、そんなふうにこりかたまった心を、もどかしく思ったりもする。
 
そんな歯がゆさを解きほぐす映画と出会ったのが、2023年の3月のことだ。
 
前年の10月に日本公開されて以来、評判が評判を呼び、全国各地で異例のロングラン上映が続いているという。しかも、その映画の長さは3時間というではないか。しかし、上映時間の長さをものともせず、100回以上も劇場に足を運んでいる者もあると聞く。いったい何が起きている? 
 
そんなにすごいなら気になってきたぞ、と、公開から半年たったとは思えない大入り満員の劇場で観た、その映画のタイトルは『RRR』(インドのテルグ語映画)。舞台は、1920年のイギリス植民地統治下のインドである。英国軍に誘拐された少女を救おうとするゴーンド族の青年「ビーム」と、ある大義のために英国警察となった青年「ラーマ」が、互いの素性を知らぬまま親友となるも、あるとき互いが宿敵であることを知る。二人は友情と使命の間で苦悩しながらも、互いの運命と、英国の支配に立ち向かっていく、という物語だ。
 
終映後、私は新宿の歩道をわけもなく走っていた。急いでいたのではない。ただ、むしょうに走りたくなるのだ。とはいえ持久力がないので、ときどきスピードを上げて駆けてみてはすぐ疲れて歩き、しかし歩いていては腹の奥にわきたつ何かを抑えられなくて、また走ってみる。息が切れる。その繰り返し。何かを追っているわけでも、追われているわけでもない。ただただ、全速力で走りたくなってしまうのだ。インド映画を観たのはこのときが初めてで、他の映画を観た後はこんな気持ちになったことはない。あれはいったい何だったんだ? 
 
スター俳優の表情を惜しみなく映し出す、カメラワークの魅力にやられたからだろうか。スローモーションを多用した、一発一発が重たく苛烈なバイオレンス・アクションが新鮮で、興奮したから? 登場人物の感情が昂ぶり、一気に開放されるソング&ダンスシーンに酔いしれたせいか、それでいて「とにかくよく踊る」というインド映画への先入観は鮮やかに覆されたことの快感だろうか。はたまた、『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』などの神話にもとづく重厚な物語世界に圧倒されたからか?
 
つぶさに挙げていけばまだまだある。そのどれもが傍証ではあるが、しかし、まだ核心には迫れていない気がしている。ただ、一つだけ確かに言えるのは、インド映画によって、私の心のこりかたまった部分が打ち砕かれ、身体を突き動かすほどの未知の感情がわきあがった、ということだ。その感情の名前をどうにか探し当てたくて、『RRR』自体も劇場で8回観たし、それ以降もインド映画を毎月のように観ている。
 
私は、自分のことを、保守的だと思い込んでいるだけなのかもしれない。鍼とか、インド映画とか、自分の未知の部分に触れてくれるツールに出会えれば、こりかたまった心身がほどけて、その奥底から新たな反応が返ってくる。まるで、 “自分を探検する”かのような、わくわくする体験だ。そのメカニズムはよくわからないとしても、いまはそれを楽しみ、生成変化する自分を観察していたい。探検は続く。
 
 
 
 
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