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めちゃくちゃつらくて逃げ出したかったけど、祈るってなんだっけと本気で考えた場所の話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:永堀ちあき(ライティング・ゼミ1月コース)
 
 
東京都墨田区横網町。
両国駅から歩いて3分ほど。
「よこづな」と読みたくなるが、「よこあみ」である。
 
用事のついでに、たまたま立ち寄った横網町公園で、巨大な建物と出会った。
建物の名前は、「東京都慰霊堂」という。
 
私は、神社や寺院に行くのが好きだ。
美しい建築を見ながら、自然豊かな境内を散策する楽しみ。
歴史と文化の蓄積に思いを寄せる時間も、心地よい。
私は特別信心深いほうでもないが、ふらっと訪れた神社仏閣でお参りをすると、心が穏やかになり、満たされた気持ちになる。
 
しかし、ここ、東京都慰霊堂はどうだ。
建物の姿は、神社や寺と似ている。が、そのどちらとも言いきれない、どちらもが組み合わさったような、見たことのない姿だ。
高い塔がそびえているだけではなく、奥行きもでかい。思った3倍くらいある。
 
そして何より、張りつめるような、ただならぬ気配をまとっていた。
なんというか、「思い」「痛み」みたいなもの感じられるのだ。
 
この慰霊堂、もとは、1923年の関東大震災の死者を慰霊するために建てられたものだ。
 
公園ができる前、ここには陸軍の被服廠(ひふくしょう、軍服などを作る施設)があった。その被服廠がなくなり、公園予定地として空いていた頃に、関東大震災が起きた。
 
被服廠跡地には、家を焼け出された人々約4万人が避難してきた。しかし、強風と火災とで、巨大な火災旋風が起きる。人や家具、馬車までも巻き上げるほどの、恐ろしい旋風だったそうだ。
結果、3万8千人もの人が命を落とした。
 
その後、慰霊堂には、太平洋戦争の東京大空襲の死者を慰霊するという役割も追加されて、今に至っている。
 
この横網町公園だけで、犠牲者3万8千人……
ちょっと想像を絶する。
慰霊堂を見ているだけで「思い」とか「痛み」を感じ取ってしまうのは、その事実のせいだったのか。
 
とはいえ、立ちすくむだけでは、この場所のことを知れない。慰霊堂に近づいてみると、堂内は自由に見学していいらしかった。
扉を押して、中に入ってみる。
 
足音さえはばかられるような、完璧な静けさだ。
 
細長いベンチがぎっしりと置かれ、左右のサイドには太い柱が立ち並ぶ。
外観は寺や神社に似ていたが、中はまるで教会のようだ。
堂内の左右両脇の壁には、一方は関東大震災の、もう一方は東京大空襲の惨禍を描いた洋画が飾られている。
家財道具を担いだ人たちが、押し合いながら逃げ惑うようすが生々しい。
 
祭壇には、幣や木魚のほか、女性の姿をかたどった木彫作品が安置されている。たぶん、特定の宗教のイメージに属さない、「祈り」を表現したものなんだろう。
 
お線香をあげながら、頭の奥がしんしんと冷え込むような苦しさを感じた。
 
硬くて冷たいベンチに、腰かけてみる。
ここで流れている時間は、いつも神社や寺院で過ごす時間と、まるでちがう。
あるいは、葬儀のように、親族や友人が亡くなったときの悲しみとも異なる。
単に、この場所で多くの人が亡くなったという事実のせいだけでもない気がする。
 
いったい、何がそうさせるのだろう。
 
改めて堂内を見回すと、「ゆめ供養 はな供養」というコーナーが目に留まった。
看板に書かれた趣旨はこうだ。
 
“今に生きる私たちは、努力すれば夢や目標を叶えられます。
震災や戦災で亡くなった人たちにも、生きていれば叶えられたはずの「夢」がありましたが、実現することができませんでした。
あなたの夢や希望を書いて寄進し、それが叶うように努力してください。
それが、亡くなった方々への何よりの供養となります”
 
これか。
脳を揺さぶられるような衝撃が走った。
逃げ出したいほどのしんどさの理由が、一瞬でわかった。
 
お寺や神社にお参りするとき、例えば「家族がみんな健康で過ごせますように」とか、「志望校に簿合格しますように」などと願うとする。
 
そのとき、私はこういうイメージをしている。
 
手を合わせながら、心の中で願いごとを言う。
すると、“願ごとの矢印”が、空に向かって進んでいく。
その先には神さまとか仏さまがいて、ほほえみながら願いごとを聞いてくれる。
“願いごとの矢印”は、空中でふわっと霧のように散って、消えていく。
うまく事が運ぶように、神さま仏さまが、ちょっと手助けしてくれるといいな、と思う。
そして、「自分でもちょっとがんばってみよう」と、小さく決意する。
 
この、ゆるやかな“願い – 小さな決意”のサイクルが、ここ慰霊堂だと、機能してくれないのである。
願いごとが、神さまや仏さまにむかって昇華していかない。
 
願いごとの矢印が、ものすごい勢いでUターンして、自分に突き刺さってくるのだ。
「願いをかなえるのは、他でもない、あなたなのですよ」と。
 
「もうこんな震災が起きませんように」と願えば、「では、ちゃんと日ごろから防災・減災に取り組んでいるか?」と問い返される。
「二度と戦災で死ぬ人がいませんように」と祈れば、「では、平和のためにあなたはどんな行動をしている?」と突きつけられる。
 
願いごととは、本来、こんなにも重かったのだ。
私は、神さまや仏さまに「祈る」ことで、願いごと本来の重さを減らしていたのかもしれない。
 
でも、それは悪いことじゃなくて、日常生活を支障なく送るための、必要なプロセスだと思いたい。
「そういえば、ちょっとがんばってみるんだったわ」とたまに思い出すくらいの「小さな決意」じゃないと、つらくなってしまう。
何かに祈ることとは、願いごとの重さに押しつぶされないようにするための、緩衝材みたいなものだったのだ。
 
しかし、だからこそ、ここ慰霊堂に、ふわっと昇華していくような祈りのシステムは、なくていいんだと思う。
震災・戦火の記憶から学ぶだけでなく、今なお繰り返されるそれらに目を向けなければならない。人任せにしていて本当にいいのか?
そう私たちに語りかけることこそ、ここ東京都慰霊堂の役割なのだと思う。
 
このしんどさのメカニズムが、自分なりに解き明かせて、ほっとした。
そして、やっと、「ゆめ供養」を書いてみようという気になった。
 
これを読んでくれているあなたも、東京都慰霊堂を訪れたら、きっと、これまでにない感情がわきあがってくるだろう。
たぶん、楽しいというよりは、ちょっとしんどいほうの感情だと思う。
でも、その感情がどうして生まれたのか、思いをめぐらせてほしい。
 
そうすれば、横網町公園を立ち去るときは、慰霊堂が、少し違った空気をまとって見えてくるはずだ。
 
 
 
 
***

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