あなたはナニ人?
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:松原秀幸(ライティング・ゼミ5月コース)
“Tokyo ?”
その女性は眠そうな目を開けながらポツッと言った。
東京駅の中央線。八王子から到着した列車は清掃なしの折り返し運転だ。二十歳過ぎと見える女の子は大きなスーツケースを膝に挟み、ショルダーバッグを肩からハスに掛けて、どう見てもアジアからの旅行者風だ。
女の子はようやく目が覚めて来たようで、立ち上がろうとしながら、周りを見回して、再度 “Tokyo ? ”、と尻上がりの発音で聞いて来た。
三鷹あたりから乗って来て、東京駅から新幹線で西に向かうのだろうか。でも、東京で降りなければならないのは確実だ。
“Yes, this is Tokyo, right !” と私は言った。
昨日もMIYASHITA PARKの天狼院カフェSHIBUYAに向かう道すがら、宮益坂口のエレベーターで下に降りようとしたら、でっかいビヤ樽みたいな腹をした外人男性と2人で乗り合わせてしまった。私と眼が合った彼は、「こいつは英語を喋らないんだろうなぁ」というような表情を見せながらニヤッと笑った。外国人は眼を合わせるのは挨拶がわりで、何か必ずひと言うのが常だ。だが、たいがいの日本人はバツが悪くなって眼を外すか、苦笑いを返すのがせいぜいだ。
私は “Hi, it’s humid, today ! June is terrible season in Japan.” と言った。すかさず彼は “Gets worse !” と言った。蒸し蒸ししたエレベーターが更に蒸しっとした。旅行者風情ではない。日本の梅雨のことをよく知っているから日本在住だ。
私は5年間のアメリカ駐在の経験があるので、この程度の街の会話は一応出来る。
ニューヨークとか、ロサンゼルスなどの都会ではない。ネブラスカ州リンカーン市という、アメリカ人ですら「それってどこ?」というほどの中西部の田舎だ。
従業員2,000人超の大きな工場で、そこに日本人駐在員は10人ほど。Directorとして着任した最初の日、30人~40人の幹部のもとへ Say hello. の挨拶にグルっと回った。 Tomだ、Mikeだ、Nancyだ、Bettyだ、と言われても、外人はみんな同じ顔。「覚えられるわけがないやろっ」と正直、思った。しかも、アイルランド系、ドイツ系、フランス系、ポーランド系、ロシア系、現地インディアン系と民族も違うし、苗字も違う。日本人がほとんどいない世界で毎日暮らす日々がとても不思議だった。
だが1年もすると、同じに見えた外国人は髪の毛の色も肌の色もみな違い、よく見ればヘア・スタイルも体格も、性格も喋り方も個性あふれていることがわかってくる。3年を過ぎると、全員同じに見えた外国人たちも、後ろ姿を遠くからチラッと見ただけで誰だかわかってしまうようになった。名簿で確認してみたら、工場に務める80人以上のメンバーの顔と名前が一致した。
逆に5年経って日本に帰国して来て驚いた。全員、黒髪で中肉、中背のミドル・サイズ。誰をみても同じ顔に見えるのが、摩訶不思議だ。JRの電車からあふれ出てくる同じ顔。ひとつの人種の中で暮らす日本の人たちは、実は世界ではとても珍しいのだ。
海外で日本人に会うとすぐわかる。海外で会った日本人はこちらを見て、「これは日本人だろうなっ?」という顔をする。お互いいの距離が近づいてきても、決して声を掛けたりはしない。そして最後はお互いに無言ですれ違う。世界で一番、シャイな人種だ。
世界の僻地で日本人を見つけたからと言って、嬉しそうな顔をしたりはしない。「こんなところで、知り合いでもない日本人に会うなんて、何となく気まずいなあ」と思うのが普通だ。
さて、話は戻って中央線だ。
“Yes, this is Tokyo, right !” と丁寧に教えてあげた私を、彼女は少し怪訝な顔で見ている。「あれっ、英語がわからない国の娘かなっ?」と一瞬、思う。それとも私の英語がそれほど下手くそだったのか。でも、きのうの太っちょ外人との会話はとてもスムーズだったのに。
彼女はスーツ・ケースを転がしながら、折り返しとなった中央線の電車を降りる態勢になっていた。向かいの席には高校生ぐらいの若者が座って本を読んでいた。
彼女は、”Tokyo ? “ と語尾を上げて、再度聞いた。
彼は、何の変哲もない顔をしながら、「東京ですよ」と言った。
女の子は初めて納得した顔をして、電車が東京に着いて、折り返そうとしていることを理解し、ニコリとして何も言わずに出て行った。
取り残された私は唖然とし、初めて彼女が純粋な日本人であるらしいことを理解した。
なんで、こんな間違いをしたのだろう。「この電車は東京駅が終点で、折り返して元の方面に戻って行くんですよ」と英語で説明をしてあげようと考えていた自分を思い返し、それをやらなくて良かった、とつくづく思った。
そもそも、二十歳過ぎの日本人女性が、髪の毛も白くなった古希のお爺さんに、敬語も丁寧語も使わずに「東京?」と聞いて来ること自体が問題だったのだ。せめて、「東京駅ですか?」とか「ここはどこですか?」とか、日本語らしい表現で質問してくれれば、このような勘違いは起きなかっただろう。
日本を跋扈する外国人の多さと、ため語で話す若い人の日本語の乱れが引き起こした笑い話。
あなたはナニ人ですか?
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