メディアグランプリ

「引っ越し」と「拉致」は紙一重。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:紫葉アリア(ライティング・ゼミ3月コース)
 
 
「引っ越し」と「拉致」。
この二つの言葉を間違えたことはあるだろうか?
ほとんどの人が「そんなこと、あるわけない」と答えるのではないだろうか。
しかし、私はあるのだ。しっかり間違えて会話をしていた経験があるのだ。
 
この事件は、私が中国上海に留学していた頃に遡る。
 
私は上海のとある大学に留学してすぐの頃は学校の寮で暮らしていた。
上海に渡ったばかりの時は、コンビニへ行くことすら怖くて仕方なかった。まだQRコード決済もない時代。無愛想な店員に小銭を投げられるように返されるたびに心に傷を負っていた。
日本の丁寧にお釣りを返してくれる文化はなんて素晴らしくあたたかいのだろう、と何度思ったことか。
 
しかし、上海に住んで半年も経つと人間わりと慣れるものだ。
小銭を投げつけるように返されても何も思わなくなったし、トイレ待ちの行列で割り込んでくる人に文句を言えるようになったし、地下鉄の車内で布団を敷いて本格的に寝ている人に遭遇してもびっくりしなくなった。
半年間の上海での生活は言語の習得や文化に慣れるだけでなく、自分自身のメンタルもおのずと鍛えられたようだった。
 
そんな中、私は学校の寮を出ていくことになった。
父が仕事でしばらく上海に住むことになったからだ。知り合いの中国人オーナーが持っていた家を貸してくれることになり、そこで父と二人暮らしをすることになったのだ。
 
寮から学校までは徒歩3分。
これから父と住む家は、学校まで電車で約1時間。
 
遠い。今までの利便性を考えるとかなりつらい。
しかし寮生活よりも新しい家の方が環境の方がすこぶる良い。
部屋はかなり広くなるし、家の立地もその周りも施設なんかも良い感じ。デメリットは唯一、学校までの距離だけ。
 
 
そして引っ越しはすんなりと、あっさりと終わった。
土曜日に寮から私の荷物を運び出し、日曜日にその荷物を解いて片付ける。
 
中国では家具や家電は家に付属しているのが一般的な考え方だ。
日本と違い、部屋のオーナーが家電や家具を揃えるのが当たり前。家電や家具が壊れたらオーナーが修理費を持つ。日本で言うとレオパ○ス方式のマンションみたいなものだ。住む側は非常に楽である。ただ、自分好みの家具を揃えることはできない。
しかしいずれ日本に帰る身の私からしたらなんとありがたいシステムなのだろうか。
 
なので、必要な家電は家に揃っていたし、ソファやベッドなども付いている。買い出しする必要があるとするなら消耗品くらいだった。
おかげで週末のたった2日間だけで、私の引っ越しはあっという間に完了した。
 
 
月曜日、1時間かけて学校に元気に登校すると、中国人の友人が話しかけてきた。
以下、中国語でのやりとりである。
 
「おはよ〜! 週末はどう過ごしてた?」
「引っ越ししてたよ〜、だから私の寮生活は終わった!」
「……えっ!? なんて??」
 
発音が悪かったのだろうか。友人が複雑な顔をしている。
中国語は発音が重要な言語だ。しっかり発音を意識してしゃべらないと。少し大きな声で話してみよう。
 
「引っ越ししてた!!」
「……大丈夫か?」
 
引っ越しが大変だったのでは、と心配してくれてるのかな?
 
「思ったより楽だったから全然大丈夫だよ!」
「警察には行ったのか??」
 
警察?? 住所が変わったから管轄の交番に届出とかが必要なのだろうか。これ、家を貸してくれている部屋のオーナーに確認しないとな。
 
「警察にはまだ行ってないけど……」
「なぜ行かないんだ??」
 
「行かなければならないの??」
「そりゃそうだろう!」
 
そうなんだ。住所の届出ってこっちでは警察の管轄なんだ。
 
「今度時間をみて行くよ」
「お前はなんでそんなに悠長なんだ????!!!!!」
 
……なぜ友人は私の引っ越しにこんなにも焦り、驚いているんだろう。何かがおかしい。
 
「え、ちょっと待って。私昨日”引っ越し”をしたんだよ??」
「うん、だから”引っ越し”だろ??」
 
お互い顔を見合わせた。
同じ言葉のはずだが、やはり何かがおかしい。
 
……あっ! もしかして。
中国語は発音がめちゃくちゃ重要な言語なのだ。発音を間違うとまったく違う意味になってしまう言葉がたしかあったはず。
日本語で例えるなら、雲と蜘蛛、橋と箸、雨と飴……みたいな感じだ。そのことを私は思い出した。
 
 
私は辞書を開いて、「引っ越し」という単語を検索し、友人に見せた。
すると友人は笑い出し、辞書を私から受け取って新たに単語を検索して、その画面を見せてきた。
 
 
ああ、なるほど。
謎が解けた。
 
 
中国語で「引っ越し」は「搬家 banjia」である。
カタカナ表記すると「バンジャー」だ。発音の高低まで含めて表現すると、「バン→ジャー→」である。
 
しかし私はずっと「バン↑ジャー↓」と間違えて発音をしていたらしい。
この発音になると、「綁架 bangjia」となり、意味は拉致や誘拐という意味になる。
 
つまり、相手にはずっと、「引っ越し」が「拉致・誘拐」と聞こえていた。
 
私は確かに寮を出ていなくなった。
 
それが「拉致・誘拐」で寮生活が出来なくなったのか?! でも思ったより楽というのは逃げ出せたということなのか?! それなのに月曜日になぜのんきに学校に来ているのか?! とりあえずはよ警察行け! と友人は思っていたそうだ。
 
 
どこかの漫才師の、勘違いコントみたいなことをやってしまった。
同じ音の発声の高低が違うだけなのに。
少し文法がおかしいな、とも思っていたけど私が外国人で学び始めだからそういうこともあるか、と思ったのも勘違いを加速させる大きな要因だったらしい。
この勘違いにしばらく気づかずにお互いが不思議な顔をして大真面目に会話していたこの件は、10年経ってもいまだに話のネタにさせていただいている。
 
 
引っ越しと拉致は紙一重。
これは中国語での話です。
 
 
 
 
***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「天狼院カフェSHIBUYA」

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3F
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜20:00

■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先 レイヤードヒサヤオオドオリパーク(ZONE1)
TEL:052-211-9791/FAX:052-211-9792
営業時間:10:00〜20:00

■天狼院書店「湘南天狼院」

〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2-18-17 ENOTOKI 2F
TEL:0466-52-7387
営業時間:
平日(木曜定休日) 10:00〜18:00/土日祝 10:00~19:00



2025-06-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事