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“あいこ”で、いいじゃない


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記事:りりぃ(ライティング・ゼミ5月コース)
 
 
20年ほど前、『負け犬の遠吠え』という本が話題になった。
 
“負け犬”とは、30代以上で未婚、子どものいない女性を指す言葉で、当時は世間を揺るがすような社会現象にもなった。
著者はそんな女性たちを“負け犬”と揶揄する風潮に対して、逆説的にエールを送っていた。
 
当時、思春期に差しかかっていた息子が、その“負け犬”という言葉の意味を尋ねてきた。
 
「うーん、“勝ち”は結婚して子どもがいる人、“負け”は30代を過ぎて未婚で子どもがいない人ってことかな」と説明すると、息子はすぐにこう言った。
 
「じゃあ、お母さんは“あいこ”だね!」
 
「え?」と聞き返すと、彼はにっこりしてこう答えた。
 
「だって、お母さんは結婚したけど離婚して子どもがいるから、勝ちでも負けでもない。あいこ、でしょ?」
 
我が息子ながら、なんて面白いことを言うのだろうと思った。
 
“あいこ”。それは、勝って嬉しいでもなく、負けて悔しいでもない。比べる必要のない、肩の力がふっと抜ける言葉だ。もしかすると、それが一番ストレスのない生き方なのかもしれない。
 
 
わたしは息子が6歳のときに離婚し、シングルマザーになった。
離婚を決めた理由は一つではなかったけれど、一番大きかったのは「未来を考えたから」だった。
 
当時30歳を少し過ぎたところ。
いまならまだやり直せる。そう信じた。
何をやり直せる? かは、人生だったのかもしれない。
息子が小学校に上がる前のタイミングも、区切りとしてはちょうどいいと思えた。
 
 
実家には姉家族が住んでいて戻れなかったけれど、「スープが冷めるくらいの距離」に小さな住まいを構えた。
 
 
息子は幼いころから、自分の興味のないことには決して関わらなかった。
でも、好きなことには深くのめり込み、それをわたしにも共感してほしいと願った。
 
どこか大人びていて、周りからも「この子は大人っぽいね、しっかりしてるね」と言われることが多かった。
 
一人っ子で、集団行動があまり得意ではない息子を、あえてスポ少(サッカー)に入れたのは、社会性を育ててほしいという想いからだった。
 
ふたり親がほとんどの中で、わたしひとりで応援に行くのは、正直言って寂しかった。
でも、それが“母子家庭”という現実だった。
 
 
あの頃、知り合いのママ友も少なく、孤独感を埋めるように、わたしは恋愛にも目を向けていた。
 
息子には、誤解や軽蔑もされたくなかったので、自分の恋愛は小学生の息子にも、丁寧に正直に報告していた。
 
だけど、息子ははっきり言った。
 
「付き合ってもいいけど、結婚は嫌だ。名前も変えたくない」
 
彼女ができた頃には「結婚してもいい」と言っていたけど、その頃にはわたしの方が結婚を考えていなかった。
 
ほんと、親も子も、つくづく自分勝手なものだなぁと思う。
 
 
思春期に入った息子は、あるときを境に「ママ」と呼ばなくなった。
 
「“ちゃん”付けもしないで」と言い、わたしとの距離を少しずつ取っていった。
 
寂しかったけれど、それは成長の証だった。
わたしもそれを機に、ようやく“子離れ”し、自分の楽しみを見つけ始めた。
 
実際動き始めると、シングルであることは、案外自由でもあった。
誰にも反対されず、すべて自分の意思で決断できた。
 
恋愛もしたし、仕事も資格を取得して経験値をあげて、バリバリこなした。
順風満帆ではなかったけれど、わたしなりのペースで人生を歩んでいた。
 
 
そんな折、両親が同じ年に病で亡くなった。
実家からは経済的な援助は一切受けてなかったけれど、父からの大きな愛情という“防波堤”を失ったことで、心の支えが崩れた。
 
そして翌年、
思いもかけない東日本大震災が起きた。
 
この大きな喪失をきっかけに、目指していた事業家の道を、形を変えて“自宅カフェ”にシフトしていった。
 
人を失った喪失感は、人でしか得られない、そう思った。
 
出会いもあった。楽しいことも増えた。
けれど人生は一筋縄ではいかない。
去年、大腸がんが見つかり、手術を受けた。
運良く早期発見であり、いまは転移もないけれど、心の中の不安はきっとずっと消えないだろう。
 
 
一方、息子は紆余曲折を経て、優しくて可愛いお嫁さんと出会い、ふたりの娘にも恵まれた。
 
結婚が決まったとき、息子が嬉しそうに、ぽつりとこう言った。
 
「〇〇〇が3人になったね」
(〇〇〇はわたしたちの苗字)
 
その言葉を聞いたとき、胸がきゅっと痛んだ。
 
あぁ、息子はあの頃、わたしに寂しいなんて言わなかったけれど、やっぱり、どこかで寂しかったんだろうなって。
 
親の都合で“母子家庭”にしてしまったことは、今もわたしの中で小さな痛みとして残っている。
 
でも今、息子は賑やかな家庭に恵まれ、忙しい毎日を送っている。
 
 
これから先、息子にもきっと子育てを含め、悩みや葛藤の時期はくるだろう。
 
わたしにもまた、嬉しいことや、悲しいことが起きるのだろう。
 
けれどそれも、すべて“人生”なんだろう。
 
きっと私も息子も、そして誰もが
 
勝ちでも負けでもない、
“あいこ”のまま、生きていくのだと思う。
 
 
 
 
***

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