メディアグランプリ

理不尽が教えてくれた、自分との向き合い方


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:森昭子(ライティング・ゼミ5月コース)
 
 
「礼節なんて尽くせるわけない」
15年前の私はこう叫んでいた。悲しくて腹が立って怒りで震えたあの夜。
 
ファミレスでの会合の後、ちょっと話があると言われて先輩に呼び止められ、
「あなたのせいで売り上げが伸びない」と暗に責められた。
 
とても理不尽な、もうそれは誤解だと思うようなことまで言われた。
「何か違うんだよね、余計なことはしなくていいから」
そう言って先輩は、私に一方的に話をして帰って行った。
 
 
「え……、こんなにやってるのに? 子どもを犠牲にしてまでこんなにやってるのに?」
 
悔しくて悲しくて、いつもは温厚な私もこの時ばかりは声を荒げていた。
もう一人の先輩に涙を堪えきれず訴えた。
 
「私だって必死にやってます! これ以上、何をすればいいんですか! 私がどんな思いでやってきたかちっともわかってない! あんな言い方ないじゃないですか! もう辞めたい!」
 
話を聞いてくれたその先輩は、
「じゃあ、気分を変えて何か食べよう」と言ってくれたが、
 
「いえ! 帰ります。今の私は先輩の時間とエネルギーまで奪ってしまうから帰ります」
そう言って鼻息荒く断ったが、しばしの押し問答の後、結局、その先輩と二人で近くの居酒屋に入ることになった。
 
 
 
出されたお水を飲んで少し落ち着いた私に先輩はこう言った。
「理不尽なことって人生にはたくさんあるよ。でも、理不尽だと思う相手に、それでも礼節が尽くせたら、それはとても成長できるチャンスだと思わない?」
 
礼節?
 
「相手に敬意をはらうことでしょ? 理不尽なことをされた相手にそれするの? 無理無理、ぜ〜ったいに無理!」
私は内心、そう叫びながら、店を出て電車に乗った。でも先輩の言葉は頭から離れなかった。
 
「理不尽な相手に礼節を尽くす?」
 
駅に着いても、モヤモヤは収まらず、怒りと悲しみの混ざった感情は体の中をぐるぐると巡っていた。そのまま家に帰る気にはなれず、入ったこともない駅前のコーヒーショップに吸い寄せられるように入った。
 
紅茶を飲みながら悶々としていると、また
 
「理不尽だと思う先輩に礼節が尽くせたらそれはとても成長できるチャンスだと思わない?」
 
という先輩の言葉が頭の中でリフレインした。
 
「礼節を尽くす」、言葉としては、なんだかかっこいい。すると、私の頭の中に極道の映画のシーンが流れてきた。誇り高く仁義を通すあの世界。
 
たとえ理不尽な目に遭っても、誇り高く凛として相手に礼節を尽くせたら、そりゃあ、かっこいい! 私の憧れるかっこいいの極みだ。極みの道。極道だ! 当時の私の思考回路は、今思うと笑ってしまうが、そこから
「理不尽な相手に礼節が尽くせたら、それは確かに、私自身が凄くすごーく成長できそう!!」と思った。
 
 
この頃(40歳過ぎだったと思う)は、自分を成長させることに興味関心が高く、成長できると思うと、とても嬉しかった。私は立派な人になることに憧れていた。
 
そして、まだ見ぬ未来の自分を想像した時、目の前に見えるもの全てがスローモーションに変わった。
 
隣の人がカップを持ち上げる動き、出来上がったコーヒーを受け取る人の動き、席を探して歩いている人も、みーんなスローモーションでゆっくり動いている。さらに光の粒までもがキラキラと浮かび上がって見えるようだった。
 
あぁ、これが「感謝で満たされる」ってことなのか? 感謝が溢れると世の中が違って見える、というあれか?
 
自分の心がスッと落ち着いていくのがわかった。あの嫌だった先輩ですら、私の成長のためにわざわざ悪役になって私の目の前に来てくれたのかもしれないと思えた。心は静かに落ち着いた。
 
 
だが、落ち着いて我にかえった時、もう1つ気づいた。
理不尽なことをされると、私の中の黒い感情も一気に引っ張り出されるということだ。
 
「認められたい」「わかってもらいたい」「わたしは間違っていない」そんな気持ちがとめどなく溢れ出した。隠れていた言い訳や責任転嫁も一気に噴き上がる。
普段は心の引き出しの奥の方で静かにしていた感情が、これでもか! と次々に出てくる。
 
 
それほど自分の尊厳が傷つけられると思うと、人は猛然と抵抗する。それは当然のことかもしれないが、自分の中にある結構な黒さの感情を自分で確認できた時、私とあの理不尽な先輩はたいして変わらない、お互いに不完全な人間だと思えた。
 
 
理不尽なことにはなるべく遭遇したくない。けれど、理不尽な出来事は静かな凪のような海を荒れさせる。底に沈んでいた「隠したい部分」を浮かび上がらせる。自分にもたっぷりあったんだ、と気づかせてくれる。
 
きっと人間は皆同じ、誰もが黒いものを抱える存在なのだとこの体験を通して実感した。
 
あれから15年、
ふと、「礼節を尽くす」とは何なのか、もう一度見つめ直したくなり、ChatGPTに聞いてみた。
「相手に対して最大限の敬意と節度ある振る舞いを持って接すること。丁寧に向き合うこと」と答が返ってきた。
やっぱり、どんな相手にもこれができたらかっこいいな、と思う。
と同時に、15年たって今思うのは、自分にこそ、この態度を持って接していくことがとても大切だということだ。
私は過去、とても苦しい時、今の自分ではダメだ、自分を変えなければ! 成長しなければ! そう思って当時の自分にダメ出しを繰り返していた頃は、苦しいだけで、結局何も変われなかった。
不完全な自分を知り、受け入れ、自分に敬意を払うという意味で、自分の体を積極的に休ませ、自分が嫌なことを無理に自分にさせない、自分を安物扱いせず、自分にもちゃんとお金をかけられるようにする。
そうすることで少しずつ私は自分を認められるようになり、心は安らかになっていった。
自分を大切な存在だとして自分を丁寧に扱うこと。
今の私にとっての成長は、不完全な自分を知って受け入れながら、自分にも礼節を持って向き合うことなのだ。
最大限の敬意を持って、心の中にある「自分を大切に扱う心」にいつも光を当てたいと思う。
生まれてきたことにありがとう、支えてくれる人にありがとう。この気持ちは、どんな時も目の前の景色を穏やかにしてくれている。
 
 
 
 
***

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2025-07-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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