一億円の不味いにぎり
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:モモ(ライティング・ゼミ5月コース)
高校生の私には、長所となりうる欲が2つあった。
ひとつは底なしのチャレンジ欲求。
挑戦に成功しても、失敗しても、また挑みたいという気持ちが止まらない欲である。
それは日々のチャレンジで鍛えられた、一級品のスキルによって加速していき、バイバインのように増殖した欲のほとんどはやがて解消されていった。
だが、そのあまねく「チャレンジしたい」欲のなかにも、長いこと燻り、自分のうちに居座っている欲がある。
「1億円にチャレンジしたい」
そう、私のふたつめの欲望は「1億円が欲しい」という金銭欲だ。
お金が欲しい、1億円ほど。
だって_
パン屋でパンを買い占めたいし、
両親には最高の老後を送ってほしいし。
万が一、急な病気とか、事故とか起きたら?
天性の才能が見つかって、やりたいことができたら?
それに、うっかり運命の人に出会ってしまったらどうしてくれるの!??
_結局お金だもん。
チャレンジをするにしても、堅実的に暮らすとしても、お金はどこにでも役に立つし「自分」を守る最強の防衛線になると思う。
でも「今、1億円持ってるの?」 と問われると、「持っていない」と白状するしかない。
それでも、やっぱり1億円がほしい。諦められない。
_だから、私は寿司屋のバイトに応募した。
まかないに寿司が出るらしい。
すぐに応募ボタンをダブルクリックした。
「寿司は大好きだし、家から近いし、何か得られるのかもしれないし!」
お寿司は好きだ。
なんといっても〆サバ。
酸味と身が引き締まっているネタを、最高に愛してる。
浮き立っていた。
楽しみにしていた寿司に、殺されかけるとは知らずに。
始めてから1ヶ月経った夜。
私は充電コードで、自身の首をきつく絞めた。
にぎりなんてもう一杯一杯だ。あんなもの、見たくもないという一心で。
「イカは味付けが3つあるの、きちんと覚えて」
「とまれよ! 呼ばれたらすぐ来いっつうの」
「言われたことはせめてやってよね」
おまえら、新人に期待しすぎだタコ。
一気に言って覚えられると、本気で思いなのかな?
私はChatGPT?
_いいえ、あなたに寄り添うこともできません。
では、聖徳太子?
_ごめんね、違うね。
「このたびの新人はChatGPTでも、聖徳太子でもなかったです。さよなら」
で、消えられるもんなら、楽だろう。
「やめます」なんて言う勇気なんてない。
「最近の子はすぐやめてしまうのよ、ありがとうね」
なんて言われたら、なおさら。
6時間の労働を終える。
疲労困憊、満身創痍、ボロボロの状態でタイムカードを切る。
間をおかず、目の前ににぎりが置かれる。
「どこの高校?」「どこ住んでるの?」「大学はどうするの?」「引っ越してきたの?」
追い剥ぎのように個人情報を、プライベートを、身ぐるみ剥がされる。
にぎりが置かれる。
「はい、これは何の味付け?」
まさしく、拷問。
まかないで拘束され、失敗を執拗につかれる。
にぎりが置かれる。
「違う。これは?」
ぴえん。
最後のにぎりが置かれる。
耐えて、たえた長い苦痛の時間に、終止符は最悪な形で打たれた。
よりによって、〆サバのにぎり。
浮き足立った。
置かれた〆サバのにぎりを箸でゆっくり持ち上げ、ひとくちでゴクリと飲み込んだ。
大きな口で、ひと思いに。
やがて圧迫感とともに、喉奥にひどい苦味を感じた。
おえっ。
胃からせり上がるナニカをぐっと堪え、こぼれ落ちそうになった言葉をすくう。
まずい、にがい、くるしい。
負の三拍子がそろう、まずい不味いにぎりだった。
わさびがツーンと私を煽り、涙をじわっと誘う。
喉を絞められるような圧迫感と口内が異臭を放つ感覚に、惨めささえ感じる。
あぁ、これが大人になるということ。
これが大人になる味。
大人なんかになりたくない。
もし世界がこんな大人たちで溢れているのなら、未練もなにもないから、___。
切れたコードを持て余しながら、ふと思う。
なぜ、私はバイトなんかしているんだろう。
寿司が好きだから?
友達と遊ぶために?
違う。
1億円のためだ。
1億円のために、人間関係を、社会を、知ろうとしたんだ。
この職場で、新しい環境で、知らない面々に囲まれて、何かを得ようとしたのだ。
1億円への道を着実に固めようとしたのだ。
だったら、逃げてちゃダメ。
当たりのきつい先輩からも、その他の奴らからも、大将からも。
彼らはきっと1億円の価値を秘めているから。
彼らは私とは違う、素晴らしい体験、価値観、人生観を持っているはず。
私は、それから逃げてはいけない。逃してはならない。
しっかり喰わねば、1億円はない。
社会の荒波にうまく乗る方法、渡り歩くスキルを教えてくれるはず。
否、身に付けてやる。
大抵、大きな壁にぶち当たる時、一人でできることなんて少ない。
人間関係をマスターすれば、いつかくる一億円の壁にぶち当たる時、私は満を持して、周りに助けを求められる。1億円のチャンスを掴み取れる。
まかないの時間。
この不味いにぎりが1億円をもたらすと信じて、私は喰らう。
***
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