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いつか現れるはずの父はどこに


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記事:紫 彩葉(ライティング・ゼミ1day講座)

父と幼稚園児の兄、そして3歳になったばかりの私と3人で、電車で動物園へ向かっていたとき、車内で突然父が消えた。

私は子供の頃なぜか、本当の父親がこの世のどこかにいて、いつか迎えに来てくれると思っていた。目の前にいる父には深く愛されていたし、父が大好きだったのにどうしてそう思っていたのか、よくわからない。

子供の頃、父はいつも絵を描いていた。普段は冗談ばかり言って家族を楽しませてくれる父だったが、一旦絵を描き始めると、時間も私達家族の存在も忘れて、呼びかけても、何をしても反応しなくなる。平日は新聞社で広告デザインの仕事をしていて、帰りはいつも遅かった。土日や休日は油絵を描いたり、時々近所の子供達を集めて絵を教えたりしていた。たまに旅行や、遊びに連れて行ってもくれたと思う。そのあたりの記憶は印象が薄いが、アルバムの中の写真には楽しかった記録がたくさん残っている。

私の最初の記憶は、物心つく前の3歳くらいの記憶だ。父と行った動物園の記憶ではなく、動物園の最寄り駅に着く前の電車の車内と、見知らぬ駅のベンチの記憶。

ある日、親子3人で、電車で動物園へ向かっていた。電車がどこかの駅を出た直後、兄が「お父さぁん!」 と叫んで気がついた。

手を繋いでいたはずの父が消えた。

その直前の記憶はないが、走り始めた電車の窓の外を楽しそうな表情で前を向いて歩いている父の横顔が見えた。「あ、捨てられた」 と幼心に恐怖を感じたのを鮮明に覚えている。その後、私は泣いて父を呼んだに違いない。

次の場面はどこか見知らぬ駅のホームのベンチだ。優しそうなおばさんが、「大丈夫、きっとお父さんは迎えにきてくれるからおばちゃんとここで待っていよう」 と慰めてくれている横で、「お兄ちゃんがついているから大丈夫」 と気丈に振る舞う幼稚園児の兄がいた。あの時の恐怖と心細さ、兄への絶大な信頼感。その場面だけは今でも忘れられない。

この事件は、家族史に残る出来事になった。

父本人の話によれば、動物園の入り口でお金を払おうとして手に持っている子供用のバスケットを見て、なぜ自分が娘のバスケットを持っているのかと一瞬考えて、子供を置いて電車を降りた事に気づいたそうだ。

慌てて駅に戻り駅員に子供が2人車内に取り残されてないか聞いて、ひとつ隣の駅で待っていた私達を迎えにきたのだそう。

父曰く、動物園は絵の取材の為に行く場所で、子供と行く場所じゃないらしい。だから子供を連れている事を忘れてしまったのだとか。

何度聞いても納得はできない。

兄の話では、帰り道「お母さんには内緒にしてくれ」 と何度も頼まれたらしい。

その出来事以来、母や兄がいないと安心出来なかった。父と2人のお出かけは、緊張感があった。

そんなことがあったからだろうか。何年も、ほんとうのお父さんがどこかにいるのではないだろうかと思うようになった。しかし、いくら待っても本当の父親を名乗る人物は現れなかった。

大学生になった私は美学部で絵やデザインを学び卒業後、デザインの道に進んだ。創作中は食事も忘れ周りの音が聞こえなくなる事がよくある。忘れ物もよくする。残念だが、かなり濃く父の血を引いていると実感している。

私が大学を卒業する頃、父に初孫ができた。兄の息子だ。

甥が3歳の頃、「じいちゃんと動物園に行く!」 と嬉しそうに私に話してくれた。あの時の悪夢が蘇る。今度は頼りになるお兄ちゃんはいない。大丈夫だろうか。甥のポケットに10円玉数枚と私の携帯番号のメモを入れて、「もし、迷子になったら、優しそうな人を探してここに電話してくださいって言うんだよ」 と言い聞かせて笑顔で出かける甥の後ろ姿に手を振った。内心ドキドキである。

無事帰宅した父に、孫はわすれないのかと尋ねたら、「孫は可愛いからわすれない」 と言った。どう言う意味だろうか。複雑な気分になるので考えるのをやめたが、とにかく初孫は可愛いいらしく、その後何度もお出かけしては無事に帰宅した。

そういえば、父は50歳を過ぎた頃、自伝らしきものを書き始めた。上手く書けなかったのか、ワープロに打ち込んではプリントし、読み直し、というのを何度も繰り返していたが、とうとう仕上がりを読ませてもらえず仕舞いだった。

あの自伝にはどんなことが書かれていたのだろうか。そんなことを考えながら、50歳を過ぎて今、書いては読み直しを繰り返してこの文章を書いている私は間違いなく、あの父の娘だ。

***

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2025-08-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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