何十年経ってもリフレインする「もう一度見てきなさい!」
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記事:星空志音(ライティング・ゼミ5月コース)
「あなたは本当にちゃんと見て描きましたか?」
「もう一度見てきなさい!」
今でもこの言葉がリフレインする。事あるごとに私の脳内に流れる。
いつも穏やかな美術の先生が、珍しく語気を強めに発したこの言葉は、あれから随分と年月が経ったのに心に刺さったままだ。
『何でそんなこと言われなきゃいけないんだ……』
18歳の私はふて腐れていた。
先日久しぶりに地元に帰省した。
遠方ゆえなかなか帰省できず、帰ったとしても親の顔を見ることだけで精一杯になってしまう私は、高校まで出向くことは長らくできていなかった。
まあ出向かずとも良い。そう思っていた。なぜなら鮮明すぎるくらいに、心にあの時の景色が刻まれたままだったからだ。今更写真など撮らなくても構わないくらいに。
高校の美術の授業でのこと。
校舎の外観を油絵で描くことになった。実際に校舎の外に出て観察しながら描いた。白い校舎、生い茂った緑、青い空。何度も風景とキャンバスを反復横跳びのように目で追いながら、忠実に描写していった。
芸術的センスがあるわけではないから、事実からはみだすような躍動的で創造的な絵は描けなかったが、そこにあるものを愚直にそのまま描写するという意味では、渾身の作が出来上がった。葉っぱの一枚一枚に至るまで忠実に描写し、細部まで手を抜かず全力を出し切った。
そんな姿勢が認められていたかは分からないが、成績もいつも5をとっていた。
『今回もいい作品ができたぞ!』
意気揚々と先生のところへ向かった。
「あなたは本当にちゃんと見て描きましたか?」
「もう一度見てきなさい!」
『えっ……』
すっかり褒められる気でいた私は、予想もしていなかった言葉に頭を殴られた。
しかもいつも穏やかで滅多に怒ることをしない先生の口から出た一言だ。ショックで返す言葉を失ってしまった。
「聞いていますか? 本当に見て描いたのですか?」
そりゃー、見て描いたよ。穴が開くほどに。他の生徒がほどほどに切り上げて涼しい部屋に帰るなか、誰よりも一番遅くまで残って描いたんだ!
文句の一つでも言ってやりたかったが、そこはグッとこらえて
『はい……。見て描きましたけど……』
小声でポツリと答える。
「そうですか……。ではもう一度見てきてください」
それから何ターンか会話をしたが、あまり覚えていない。ただ“見てきなさい”の一点張りだったことは覚えている。何が間違えているかは、頑なに教えてはくれなかった。
『何でそんなこと言われなきゃいけないんだ……』
そうつぶやきながら広い校舎を引き返す。みんな帰っているというのに私だけ逆方向に長い道を歩く。ふて腐れる私に嫌がらせのように照りつける日差しのせいで、いつもの道なはずなのにすごく長く感じたことを今でも覚えている。
改めて校舎とキャンバスを眺める。間違い探しでもするように目を動かす。さっきの反復横跳びのような軽快な動きではなく、いぶかしげな目線であったことは否めないが。
『何がおかしいの? わかんないよ……』
自力で答えを見つけたかったが、結局見つけることはできなかった。見つけることができなかった悔しさと、また怒られるのかという落胆した気持ちで、さらに足取りは重くなった。
「答えは見つかりましたか?」
『……』
何も返せない私を見て、いよいよ先生は口を開いた。
「窓の色は何色ですか?」
『えっ?! そりゃあ、白? 透明? 水色? ですよね……?』
先生の顔色を伺いながら答える。何を当たり前のことを聞くんだと思いながらも、少しも首を縦に振らない先生を見て、だんだん不安になってくる。
「もう一度見てきなさい」
『何なんだよ、もう!』
ぶつぶつと悪態をつきながら、始めはトボトボと歩いていたが、次第に足取りは早くなった。答えを早く知りたい。それに、答え以上の何かがそこに待っている。そんな気がした。
『はぁ……はぁ……はぁ……!』
気づけば息が上がるほど走っていた。目の前には窓。
その色は、“黒”だった。
白でも透明でもなく、想像していたのとは真逆の“黒”だった。
窓自体の色は確かに透明。だから私はそう思い込んで疑わずに色を塗った。でも実際には、明るい昼間に外から見ると窓は黒く見えるのだ。つまり私は目で見たことではなく、先入観で色を塗っていたのだ。
『だから先生は“見てきなさい”の一点張りだったのか……』
あんなに何度も風景とキャンバスを往復していたくせに、忠実に描いているつもりだったのに。
見えていたつもりが、何も見えていなかった。
愕然とした。
あれから大人になって、いかに物事を先入観で見ているか、気づかされることが多い。というより、先入観で見ていることに気づいてすらいない、というのがほとんどなのだろう。
そんな時にはあの先生の言葉が脳内にリフレインする。
「もう一度見てきなさい!」
『わかりました。先生!』
ふて腐れる私はもうここにはいない。
世の中にはフィルターを通して見ないでくれよと思うことも多いけれど、ありのままを見ていると疑わずにいた自分自身もフィルターを通して見ていた、ということを知った。そのことに自ら気づくよう導いてくれた先生、
『大切なことを教えていただきありがとうございます。何か見えなくなりそうになった時、頭に流れるのはあなたの言葉です』
久しぶりに再会した母校。
思い出を刻み込んだ校舎も、ふて腐れたまま歩いた道も、あの時と何も変わらずそこにあり、窓は黒いままだった。
写真なんて撮らなくても構わないなんて強がっていたくせに、自然とカメラを向ける。シャッターが押された瞬間、目から何十年分の気持ちが溢れた。
***
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