『養生訓』は健康本じゃなかった? 300年の時を超え、福岡で貝原益軒と対話する旅が始まった話
*この記事は、「ハイパフォーマンス・ライティング」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:山岡達也(ハイパフォーマンス・ライティング)
「養生訓? ああ、あの『腹八分目』のでしょ?」
そう、多くの人が抱くイメージはきっとこれだ。
江戸時代の儒学者、貝原益軒(かいばらえきけん)が書いた、元祖・健康指南書。事実、病弱だった益軒自身が83歳という、当時の平均寿命の倍以上を生き抜いたのだから、その説得力は絶大だ。彼が実践した健康法の集大成。それが、現代を生きる私たちの共通認識だろう。
しかし、僕は天狼院書店の「インフィニティ∞リーディング」という読書会に参加して、その認識が根底から覆されることになる。
もし『養生訓』が単なる健康ノウハウ本なら、300年もの長きにわたって読み継がれるだろうか?
医学的知識は日進月歩でアップデートされる。300年前の医学知識など、現代では通用しないことの方が多いはずだ。世に出回る解説本は、現代人にとって「都合のいい」部分だけを切り取って紹介しているだけなのかもしれない。
実はこれは後付けな話で、本当はそんな疑問すら、読書会に参加する前の僕にはなかった。
『養生訓』は、ウェルネスをテーマにした回で取り上げられた。江戸時代に書かれたとは思えないほど、現代にも通じる普遍的な教えがそこにはある。読書会では、その「いいとこどり」をして、現代の生活にどう活かすかを語り合うのだろう。僕は、そんなありふれた光景を勝手に想像していた。
だが、インフィニティ∞リーディングは、僕の浅はかな想像を軽々と超えてきた。
すべての始まりは「益軒は、福岡の人」という事実だった
読書会は、単に本の内容をなぞるだけでは終わらなかった。マスターである天狼院書店・店主の三浦崇典さんは、AIの力を駆使して、著者である貝原益軒の人物像そのものに深く、深く、光を当てていく。
そこで明かされた、ある事実。
「益軒は、福岡藩に仕えた儒学者です」
……え、福岡?
恥ずかしながら、僕はその事実を全く知らなかった。歴史上の偉人なんて、どこか遠い世界の、霞のかかった存在だ。しかし、「福岡」という具体的な地名を聞いた瞬間、僕の中で貝原益軒という人物が、急に生身の人間として立ち上がってきたのだ。
そして、運命とは不思議なものだ。
僕はちょうど、翌週に福岡へ行く計画を立てていた。それも、天狼院書店の店舗、福岡天狼院へ。
「それなら、益軒ゆかりの地を巡ってみたい」
衝動的、かつ強烈な欲求が、僕の心を突き動かした。300年以上も前に生きていた人物の想いを少しでも感じ取るには、本を読むだけでは足りない。彼が生きた土地の空気を吸い、彼が見たかもしれない景色を、僕自身の目で見たくなった。
そう思い立ったら、もう止まらなかった。僕はすぐさま貝原益軒の生涯を調べ始めた。
- 福岡に生まれ、福岡で育ったこと。
- 幼少期の一時期、父の都合で飯塚(いいづか)で3年ほど過ごしたこと。
- 風光明媚な糸島(いとしま)の海岸を訪れた記録が残っていること。
- そして最期は、福岡市内の金龍寺(きんりゅうじ)という寺で、愛する妻・東軒(とうけん)とともに眠っていること。
点と点だった情報が、一本の線として繋がっていく。僕だけの「養生訓をめぐる旅」のプランが、頭の中に鮮明に描き出された。
【貝原益軒ゆかりの地をめぐる、狂気の3連休プラン】
- 1日目: 四国の地から福岡天狼院へ移動して、ゼミを受講。
- 2日目: 午前中に糸島へ。午後は福岡天狼院でゼミを受け、その後、福岡市内の益軒ゆかりの地(生誕の地、屋敷跡、墓所など)を巡る。
- 3日目: 早朝、益軒が幼少期を過ごした飯塚へ。その後、福岡天狼院に戻りゼミを受講後、列車で帰宅。その日のうちに旅行記をWebに投稿。
自分でも「なんとも強行軍だ」と苦笑いするしかない。しかし、この熱量で動かなければ、きっと何も得られない。
福岡での初日。ゼミの休憩時間、僕は福岡天狼院のスタッフさんにこの突拍子もないプランを打ち明けてみた。呆れられるかと思いきや、彼女たちは目を輝かせ、親身になってアドバイスをくれた。
「糸島へは、JR筑肥線で筑前前原(ちくぜんまえばる)駅まで行くのが便利ですよ」
「飯塚の益軒さんの屋敷跡は山間部なので、レンタカーがないと厳しいですね」
地図を広げ、時刻表を検索し、まるで自分のことのように旅の成功を応援してくれる。この温かさもまた、天狼院の魅力なのだ。
こうして、僕の無謀な旅は、現実のものとして幕を開けた。
計画通りにいかない旅路と、予期せぬ出会い
旅の2日目、早朝。
益軒がその美しさを絶賛したと記録に残る、糸島の幣の浜(にぎのはま)を目指す。白砂青松の美しい海岸だという。
僕は予定より早く宿を出て、天神駅から地下鉄に乗り込んだ。福岡市地下鉄はJR筑肥線と相互乗り入れしており、乗り換えなしで筑前前原駅まで行けるのがありがたい。
あまりにスムーズに駅に着いたことに油断したのが、すべての間違いの始まりだった。
駅前のコンビニで朝食を買い込み、そばのベンチで焼きそばを頬張る。バスが停留所に近づいてきたのが視界の端に見えたが、「まさか、あれじゃないだろう」と高を括っていた。
嫌な予感がしてバス停の時刻表を確認しに行った時には、後の祭り。僕が乗るべきバスは、とうに目の前を走り去っていた。
「やってしまった……!」
茫然自失。次のバスでは、ゼミに間に合わない。
慌ててタクシーに乗り込むも、土地勘のない僕には、運転手さんに目的地をうまく伝えられない。「幣の浜」と言っても、全長6kmもある広大な海岸のどこで降りたいのか、自分でもわかっていなかった。
結局、運転手さんにお任せし、海岸沿いの適当な場所で降ろしてもらった。
目の前に広がる、どこまでも続く細長い砂浜と、穏やかな海。観光客の姿もまばらで、がらんとした風景が、逆に心地よかった。益軒も、このどこまでも続く水平線を見て、何を思ったのだろうか。
名残惜しさを感じながらも、そろそろ天狼院へ戻る時間だ。海沿いの道から一本内側の旧道へ向かって歩き出した、その時。僕の目に、ある光景が飛び込んできた。
小高い山の裾野一面に広がる、大根畑だった。
大根の青々とした葉、ただそれだけの光景が、なぜか僕の心に深く、深く刻み込まれた。計画通りにはいかなかったけれど、この風景に出会えただけで、糸島に来た価値はあった。そう思えた。
福岡天狼院に戻り、合計2時間半にわたるゼミを終えた後、僕は福岡天狼院を後にし、貝原益軒とその妻・東軒が眠る金龍寺へと向かった。中心街からそう離れていないにもかかわらず、そこは驚くほど静かな住宅街に佇む、穏やかな場所だった。
益軒・東軒夫妻の墓所の前に立ち、僕は静かに手を合わせた。そして、本気で二人にお願いした。
「どうか、この旅が無事に成功し、素晴らしい旅行記が書けますように」
300年の時を超えてやってきた、見ず知らずの旅人からの身勝手なお願い。益軒先生と東軒夫人は、きっと苦笑いしていたに違いない。
しかし、この時、僕はまだ知る由もなかった。この後、益軒先生の”お力添え”としか思えないような出来事が、僕を待ち受けていることを。
金龍寺を後にし、益軒の屋敷跡、生誕の地、福岡城跡と、ひたすら歩き続けた。夕暮れが迫る平和台陸上競技場の入り口に差し掛かった頃には、僕の足はもう限界に近づいていた。後で確認したら、この日だけで十数キロも歩いていたらしい。これはもう、ハイキングの途中でゼミを受けているようなものだ。
最寄りの地下鉄駅まで、あと少し。だが、そろそろ足が動かなくなりそうだ。
疲れながらとぼとぼと歩く僕の目の前に、一台のタクシーが、まるで僕を待っていたかのように、停車していた。
「乗りますか?」
車のそばで立っていた運転手さんが、声をかけてくれた。
もちろん、二つ返事で後部座席に滑り込んだ。その時はただの幸運だと思っていた。だが今思えば、僕の無茶な行動に呆れた益軒先生が、そっとタクシーを差し向けてくれたのかもしれない。
旅のクライマックスで繋がった、二つの読書会
旅の最終日。僕には、どうしても訪れたい場所があった。
益軒が少年時代を過ごした、飯塚の屋敷跡だ。そこには今、記念碑が建てられているという。
しかし、そこは飯塚市郊外の盆地、里山の奥深くにある。最寄りのバス停からも5キロ以上離れている。レンタカーを借りるにしても、早朝から開いている店はない。前夜、僕は万策尽きた状態で、観念してベッドに潜り込んだ。
それでも諦めの悪い僕は、翌朝、ベッドの中からスマホの地図アプリを開き、「レンタカー」と検索してみた。
すると、信じられない情報が目に飛び込んできた。
「24時間スマホで予約・利用可能なカーシェアリングサービス」
しかも、なんと僕が泊まっているホテルのすぐそばに、そのステーションがあるというのだ。
「……これだ!」
迷うことなくスマホから会員登録を済ませ、車を予約した。何という幸運。これはもう、益軒先生が僕を呼んでいるとしか思えない。
早朝、ホテルをチェックアウトした僕は、コインパーキングに止められたシェアカーに乗り込み、夜明け前の道を飯塚へと走らせた。
峠道を越えると、眼下に盆地が広がった。当時の面影はないかもしれないが、どこか懐かしい昭和の雰囲気を残す、静かな山村の風景。
やがて、カーナビが目的地を告げた。そこには、立派な記念碑が静かに佇んでいた。近隣の住民の方々だろうか、きれいに手入れがなされているのがわかる。
益軒少年は、こんな山里で、何を思って過ごしていたのだろうか。
厳格な父から、読み書きはみっちりと仕込まれていたに違いない。しかし、一歩外に出れば、福岡の城下町では見たこともないような動植物が、彼の好奇心を刺激したはずだ。鳥のさえずり、川のせせらぎ、風に揺れる木々の葉。五感で自然を感じる日々。
僕の想像でしかないが、この飯塚での体験こそが、のちに益軒の代表作の一つである本草学(博物学)の書『大和本草(やまとほんぞう)』の執筆に、大きな影響を与えたのではないだろうか。
そんなことを考えているうちに、僕の頭の中に、ふと一つの記憶が稲妻のように閃いた。
(あれ? この話、どこかで……)
そうだ。ひと月前のインフィニティ∞リーディングだ。
9月の読書会では、ジャッキー・ヒギンズ氏の『人間には12の感覚がある』という本が課題図書だった。その中で、人間の感覚を研ぎ澄ませることの重要性が語られていた。そして読書会の後半、話はレイチェル・カーソンの名著『センス・オブ・ワンダー』へと展開したのだ。
『センス・オブ・ワンダー』。それは、著者が幼い甥とともに自然を探検し、「知る」ことよりも「感じる」ことの神秘、不思議に目をみはる感性の大切さを説いた本だ。子供時代に自然と触れ合う原体験が、いかに人生を豊かにするか。
まさしく、これだ。
益軒少年が飯塚の自然の中で育んだ感性。それはまさに『センス・オブ・ワンダー』の世界そのものではないか。
後で調べてみて、僕はさらに驚愕することになる。益軒は『センス・オブ・ワンダー』に先立つこと三百年も前に、『和俗童子訓(わぞくどうじくん)』という教育論を執筆し、その中で子供に自然を体験させることの重要性を、はっきりと説いていたのだ。
江戸時代の福岡と、20世紀のアメリカ。
貝原益軒と、レイチェル・カーソン。
全く無関係に見えた二つの読書会が、飯塚の山里で、300年の時を超えて、僕の中で一つに繋がった瞬間だった。
結論:本は、人生を動かす”きっかけ”になる
インフィニティ∞リーディングは、僕に「答え」を教えてくれる場所ではなかった。
むしろ、僕に「問い」を投げかけ、僕自身の足で「答え」を探しに行く旅へと駆り立てる、そんな場所だった。
読書会で狙っていたこととは、違うかもしれない。気づいてほしかったのは、そこではなかったかもしれない。
しかし、読書から得られる学びとは、本来そういうものではないだろうか。著者の意図や解説者の解釈をなぞるだけではなく、自分の人生とクロスした時に、予期せぬ化学反応が起きる。いったい何が飛び出してくるかわからない、その予測不能性こそが、読書の醍醐味なのだ。
そういう意味で、天狼院書店の「インフィニティ∞リーディング」には、奥底の知れない何かがある。それは、まるで無限(インフィニティ)に広がる知の宇宙を探検するような体験だ。
一冊の本が、僕を福岡への旅へと駆り立てた。
その旅は、僕に数々のハプニングと、奇跡のような出会いをもたらしてくれた。
そして旅の最後に、過去の読書体験と結びつく、感動的な気づきを与えてくれた。
本を閉じた後も、学びは続く。
日常の中に、旅の中に、無数の発見が隠されている。
あなたも、一冊の本から始まる、自分だけの冒険に出てみませんか?
次にどんな本と出会い、どんな旅があなたを待っているのか。
そのワクワクへの扉が、きっとここにはあります。
▼人生を変える一冊と出会うかもしれない、天狼院書店「インフィニティ∞リーディング」の詳細はこちら
https://tenro-in.com/category/infinity_reading/
《終わり》
***
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