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歳と共に去りぬ ― 記憶と再挑戦のはざまで


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歳と共に去りぬ ― 記憶と再挑戦のはざまで

記事:越光 純(ライティング・ゼミ7月コース)

 

「よぉ、久しぶりだな! 元気してたか?」

「おぉ! でも、だいぶ寂しくなってきたな!」

 

そう言って頭を指さす男がいた。

 

卒後四十周年の同窓会が始まろうとしている。その受付の前での一幕だ。

 

すでに賑やかな笑い声が響いていた。白髪を増やした者、ずんと後退した者、腹を出した者。ずいぶん風体は変わっていたが、中には全く変わらない者もいる。見覚えはあるのに名前が出てこないこともしばしばで、名札をのぞき込み「えっ、お前か! すっかり貫禄ついてわからなかった」と言い訳することが何度もあった。

 

前回の同窓会はコロナ前、たしか五年前のはずだ。それなのに、つい昨日のことのようだ。学生時代の記憶でさえ、まるで一昨日のように思えてしまう。どうして人は、昔のことだけを鮮やかに覚えているのだろう。

 

ふと、小学校に入学した年、東京オリンピックの年のことを思い出した。当時は戦後二十年も経っていなかったが、太平洋戦争の話は「大昔」の出来事だと思っていた。だが、あの頃の父はまだ四十にもなっていなかった。今の私より若い父が、戦争をつい昨日のことのように感じていたのかと思うと、不思議な気持ちになる。時間の感覚は、年齢とともに伸び縮みするものなのだろう。

 

「そろそろ始めるぞ!」

 

わいわいがやがやの中、幹事の声が響く。いつものU君だ。どんな集まりにも、こういう「世話好き」がいる。ありがたいことだ。こちらは完全にお任せモードである。

 

開会の挨拶の後は黙祷だった。六十代半ばにして、すでに何人も鬼籍に入っている。「あの元気だったのが……」と思うと、明日は我が身かと脳裏をよぎる。「生きてるだけで丸儲け」 そんな言葉が、妙に重く響いた。

 

しばし歓談の後は近況報告だ。

 

「去年、心筋梗塞で手術したけど、また週五で働いてる」 

 

「血圧も血糖も高い。もちろんこの腹だ。高血圧、高血糖、高脂肪。まさに“三K”だ!」 

 

「倒れてICUに入っていた。五年後まで生きているかどうかわからないから、次は三年後にしてくれ」

 

ほとんど病気報告会のような様相だったが、いくつか「六十の手習い」の話も出た。

 

幹事のU君と、東京に住むS君は、フルートを買って練習を始めたそうだ。自分も昔ドラムをやりたいと思っていたが、そのままになっている、みたいな話をしたように思う。他にも誰かが何かを言っていた気がするのだが、思い出せない。

 

 

還暦を過ぎた頃から、確実に衰えを感じるようになっていた。

 

まず聴力。マスク越しの会話が聞き取りづらいと思っていたが、マスクは関係なかった。テレビの台詞が聞き取りにくくなった。聴力検査を受けた結果、確かに落ちているが補聴器を使うのはまだ早いらしい。しばらく様子を見ることにしている。

 

そして、もっと厄介なのが記憶力だ。昔から人の名前を覚えるのは得意ではなかったが、最近は輪をかけてひどい。話をしていても、一つ別のことを考えると、それまで何を話していたのかがわからなくなる。やろうと思ったことを数秒後には忘れている。嫌になるというより、我ながら可笑しくなる。いや「悲しい」かもしれない。

 

その一方で、昔のことは妙に鮮明に覚えている。学生時代のちょっとした言葉や、誰かの仕草。どうでもいいことばかりが、妙に脳裏に残っている。耳が遠くなって声が大きくなり、昔の話ばかりを繰り返す。まさに「老害予備軍」まっしぐら、である。

 

そんなとき、家のリフォームの話が持ち上がった。照明をLED化するついでに、昔取ろうと思っていた第二種電気工事士の資格に挑戦してみようと思い立った。電気系の資格の中で最も日常生活に役立つ資格だが、実技試験があるために長らく敬遠していたのだ。

 

学科試験はCBT方式にした。初めての体験だった。過去問で勉強していたが配線図は小さく見づらい。パソコンの画面で大丈夫かと不安だったが心配は杞憂に終わった。画面上で拡大できるのでむしろ見やすい。マウス操作にさえ慣れていれば高齢者にはこちらのほうがよさそうだ。発表はまだだが、二問しか間違っていないようなので大丈夫だろう。現在は実技試験の練習中である。

 

試験勉強を始めてから日々のリズムが変わった。ネットテレビはほぼYouTubeだけになった。学科試験の前から実技試験の動画も見ている。文字だけで勉強してもなかなか頭に入らなかったが、実際の作業動画を見ているうちに配線図や記号が定着してきた。電線の皮をむき、器具を取り付け、結線を確認する。学科試験にも役立った。あとは手がしっかり動いてくれるかどうかだ。今のところ制限時間(四十分)以内にはなんとか仕上がっている。あと二ヶ月弱、頑張ればどうにかなるだろう。

 

「あれ、案外まだやれるかもしれない」

 

そんな小さな自信が、じわりと心に広がってきた。思い出す力ではなく、考える力が少しずつ戻ってきた気がしたのだ。

 

最近、なんとなく調子がいい。理由はよくわからないのだが、なんだかいい。相変わらず「あれ? 何をしようとしてたっけ?」はあるが、思い出しやすくなったような気もする。脳を怠けさせていたのかもしれない。老いとは能力が減ることではなく、使わなくなることなのかもしれないな。

 

歳と共に去りゆくものは多い。聴力、記憶力、体力。けれど、去るものを惜しんでも仕方がない。むしろ、残ったものを使い続けるほうが楽しいかもしれない。

 

次の同窓会でU君に「ドラムどうなった?」と聞かれたら、笑ってこう答えよう。

 

「まだ叩けていないけど、他にやりたいことが多くて、手が回っていないんだ」と。

 

さて、今日もこれから練習だな。目指せ二十分。 

 

ドラムを叩く音はまだ出せなくても、いつか叩いてやるんだ!

七十の、いや八十の手習いでもいいじゃないか! 

 

≪終わり≫

 

***

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2025-10-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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