人生、白黒つけずに「ぬか漬け」にする《週刊READING LIFE Vol.364「不透明」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:まるこめ (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1度は失敗こいた「ぬか漬け」というものを、もう一度漬けてみようかと思う。
ていねいな暮らしに、憧れた時があった。
S N Sを開けば、添加物ガーとか、腸活ガーとか、手作りのあれこれガーとか、なんとなく波がやってきた時期が、確かにあった。投稿の中に流れる穏やかな時間に憧れるくらいには、きっと私の生活は荒々しいものだったのだろう。
いろんな選択肢がある中で、なぜぬか漬けを選んだのかというと、きっと「手間をかける姿」が「何もできない」と思い込んでいた私に取っては、救いだったのかもしれない。
仕事に追われ、ヘトヘトになりながら家事に育児に追い込まれる日々……嫌いなこともあって家事は思うように進まない。初めての育児は「うまくいかないことが当たり前」の毎日だった。
それなのに、スマホの画面越しの世界には、まるで別の世界線にいるかのような穏やかな日常が描かれていた。
私よりも、多くの子供がいるのにモデルルームみたいに綺麗な家。
私よりも、忙しそうなのに穏やかな表情。
私よりも、稼いでそうなのに手間暇かけた店で出されそうな食事。
私だって、一生懸命やってんのになぁ……
それでも理想には全くと言って良いほど手が届かない。
唯一、どうにか人並みに作れる料理ですら若い時は全くできなかった。
親元を離れて暮らしたことがないところからのスタートで、私の「うっかりさん」キャラに心配した両親は、本当に大切に私を育ててくれたんだと家を出て気づいた。それを自覚したのは、夏場に食事を冷蔵庫に入れていないと腐ると知った時だった。
「は!? なんなん! くっさ!!!!」
朝、仕事に行く前に鍋に火を通したカレー。
実家の母がそうしている姿を、ちゃんと見ていた……はずだった。
恐る恐る、カレーがいるはずの鍋の蓋を開けてみると、茶色のカレーの上にフサフサしてそうなモヤモヤが根を下ろしていた。
今となっちゃ笑い話だけれど、炎天下の中カレーなんて置いていたら、そりゃ腐る。
実家では、モノが腐るなんて光景を見たことがなかったから、箱入り娘の私は本当にビックリした。そういや、弁当箱に保冷剤、つけててくれたもんなぁ……
よくよく考えれば、炎天下にカレーの鍋を置いていく私はなかなかにクレイジーだ。当の本人はそんなこと露知らず
「なんで腐るのぉぉぉぉ」
と、オイオイ泣きながら、強烈な臭いを放つカレーだったものを、オエオエしながら捨てた。
仕事も、ロクに出来なくて、家のことも出来ない。
別に、女性らしさもなければ、愛嬌もない。
白黒ハッキリつけたがる性格が災いして、何かちょっとでも出来ないと
「あぁ、やっぱり私はできないか」
と、できない自分が嫌で、心にたくさん切り傷を刻んでいった。
努力をしていないわけではなかったけれど、それ以上に「できない自分」認定するスピードの方が数多くあって、自分で自分を褒めることなんてできなかった。
そんな時、藁にもすがるように始めたのが「ぬか漬け」だった。
入れるだけ、混ぜるだけ、これだけ。これだけで「ていねいな暮らし」が手に入る。こんなにタイパの良いものはあるだろうか? 簡単に、素敵な奥様の称号が手に入るのであれば、これはやるしかない! と本気で思った。
失敗することを前提に、ジッパーのついた袋に入れるだけの簡単な糠床を買って、とりあえず一本、きゅうりを入れてみた。
まるで、子供の泥遊びみたいだ。ぐちょぐちょした糠床を毎日、かき混ぜる。
「本当に、これで漬物できるんかな?」
と疑って次の日には、それはそれは美味しいぬか漬けが、できた。
「おおおおおお! できてる! できてる!」
私以外に、ぬか漬けを食べてくれる人はいなかったけれど、そんなこと、ちゃんと「できた」糠漬けの前では、どうでもよかった。「何もできない女」から「ぬか漬けは作れる女」に昇格したんだ。最高じゃないか。
誰に自慢するわけでもない、ささやかな幸せをポリポリと噛み締めた。
ていねいな暮らし、私にも出来たんだ。
けれども、やっぱり人生は甘くなかった。
糠床も、何回もいろんな野菜を漬けていれば、水分が抜けて糠床に水が溜まるのだ。
味噌くらいの硬さだったはずのわたしの糠床は、雨の日のグラウンドみたいにベチョベチョになってしまった。パサパサの糠を足してみたけれど、最初と味が変わってしまい、何をどう足してくのが是か非かわからず、そうこうしているうちに「ていねいな暮らし」を目指している暮らしを送るどころじゃなくなってしまった。
色々試してみたかった糠床は、どうしようもなく、ゴミ袋の隙間をそれなりに埋めてくれた。
それから、かなりの時間が過ぎてしまった。
何度か、またぬか漬けをしようかな、と思う時はあった。
けれども、以前のように「ぬか漬け」をしなければ! という焦燥感には駆られなかった。
あんなに「できるオンナ」になりたかったはずの私が、藁にも縋る思いで「ぬか漬け」に手を出したはずの私が、すぐさま糠床を作らなかったのは何故か……
それは、心に「糠床」ができたからだ。
正直、人生ってのは本当に「思い通りにいかない」ことが当たり前だと思う。
どんなに、努力しても、どんなに真面目に生きていたとしても
「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
と思うことは、山のようにある。逆に思わぬところから
「マジで!? ラッキーじゃん!!」
と幸せが舞い込んでくることだってある、たまに。
そんな、山あり、谷ありの人生の出来事一つに白黒ハッキリつけるというのは、実のところめちゃくちゃ疲れる。そんなに透明な世界に生きていられる人間は、そんなにいないんじゃないかと思う。
「ぬか漬け」が私に教えてくれたのは、白でもない、黒でもない、まるで不透明な世界だった。
ぬか漬け自体は、本当にシンプルで
野菜を入れる
定期的にかき混ぜる
この2つで、あとは時間が経てば出来上がってしまう素敵な料理だ。
けれども、入れる野菜であったり、その時々の手の具合によったりで、どうなっているのかは、その時が来るまでは全くわからないのだ。
あの時失敗した糠床は、きっと私が誤魔化すように足しぬかをし過ぎたせいだ。
「できない女」なってしまうことを恐れて、白黒つけられることを恐れて、何も考えずに臭いものに蓋をしたからだ。
でも、それも「やってみないと」わからない。
やってみて、初めて結果がわかるのだ。
だったら、とりあえずなんでも入れてみたらいい。
実際にやったことはなかったけれど、ぬか漬け上級者ともなると、アボカドや、豆腐、チーズだって漬けてしまうらしい。
どんな味なのかは、私も想像はつかない。けれども、やってみないことにはそれすらも味わうことはできないのだ。
もし、結果美味しくなかったりしても、それはそれで苦い思い出となるし、道中で糠床がダメになったとしても、その部分を取り除いて仕舞えば、何度だってやり直しも出来てしまう。白か、黒か……是か非かの結論を生き急いでいた私に、糠床は「今すぐに決めなくてもいいんじゃない」という少しの余裕と「別に食べられればグレーでもいいんじゃない」という寛容さを教えてくれた。
人生は、本当に思い通りにいかない。
それが、是か非か……良いことなのか、悪いことなのかは、来たるべき時までは本当にわからない。その状態に悶々とするよりは、その道中をワクワクと過ごせる方が、ずっと楽しくて息がしやすいのは明白だ。つまり「わからない」時間を楽しめることこそが、私がずっと憧れてやまなかった「ていねいな暮らし」の根っこの部分なのかもしれない。
確かに、白黒はっきりしている女よりも、何を考えているかわからないミステリアスな女の方が、なんだかちょっぴりセクシーな気が、しないでもない。
だから、日常のあれやこれやをすぐさまに白黒つけず、一度心の中の糠床に入れてみてはどうだろうか?
うっかり、カビを生やしてしまっても大丈夫。ダメだったところをサッと取り除いて、これから美味しく「成る」ための糧にしていけばいい。上手にできれば、上手く漬けられた自分を手放しで褒めてあげればいい。
もしかしたら、食べ頃までに時間がかかることもあるだろう。それはそれで、先の楽しみができたと思って、日々コツコツとかき混ぜてあげれば良い。
時間がかかればかかった分、きっと味わいも深いものになると思えば、目の前の苦労もきっと、ワクワクするものに変わってくるかもしれない。
白か、黒かわからない、この「不透明」な時間こそが、私にとっての最も贅沢な熟成期間だったのかもしれない。そう思うと、山あり、谷ありの人生だってにせよ、これからの人生、何があろうとも、ますます楽しみで仕方ないのだ。
1度は失敗こいた「ぬか漬け」というものを、あれから熟成された私もやってみようと思う。
今度は、自分の下心を浸けずに、先の楽しみをという願いを込めて浸けてみようかと思う。
ぬか漬けには、もうひとつ良いことがある。
糠床をかき混ぜる時に手につく糠のおかげで、なんと手がキレイになるのだ。
食べれば腸活にも良いとされるぬか漬け。
体の中からだけでなく、外からもキレイにしてくれるとは……
良いではないか、良いではないか。
【終わり】
❏ライタープロフィール
まるこめ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
日常のあれやこれやに思いを馳せながら、ある時はペンを握り、ある時は包丁を握り、ある時はマウスを握る。自動車販売会社に勤める傍ら、9歳差の姉妹を育てる兼業主婦リーマン。今日も夕飯の献立が浮かばない。
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