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あの日、あの時の選択をした自分をぶん殴ってやりたい。《週刊READING LIFE Vol.366「もう戻れない」》


 

 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

 

 

記事:まるこめ (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「もう戻れない」

 

後悔先に立たず、なんてよく言ったもんだ。

朝起きてから寝るまでの間……何を食べよう、どこへ行こう、何をしようか、私たちは日常の一挙手一投足を「やる」か「やらない」か、選択しながら生きている。

 

なんとその数、1日にして約35,000回になるそうだ。

この35,000回という回数、寝ている時間を含めて計算をするとほぼ2秒半に1度は何かしらを選んでいる計算になるというから驚きだ。つまり人生は「選択の連続」と言っても過言じゃない。

私たちは、目が覚めてから眠りにつくその瞬間まで、まるで小さな積み木を積み上げていくかのように、必要なものを選んでは、積み重ね、今の自分という城を築いているのである。

 

けれど、積み木というのは選択を誤ると、とんでもない方向に崩れてしまいそうになることがある。

 

「あーこれは、やっぱりやめておこうかな」

 

と、些細な選択であれば一度立ち戻って考え直すことができる。けれども、人生そんなに甘くはないようで……

いっそ、ゲームのリセットボタンが現実にあったら良いのにと切に願っている。そうしたら、バッドエンドに行きそうとわかれば迷わずリセットボタンを押して、私にとってのハッピーエンドを容易に掴み取ることができるのに。そんな思いも虚しく、人生においては「後戻りのできない選択」というのは、どうしても存在してしまうのだ。皮肉にも、リセットしたいと思うときほど後戻りできないから、正直困ったもんだ。

 

「あぁぁぁぁぁ、今はいかんて、今は……」

 

夕方になると、おセンチになるのか黄昏泣きと晩飯早く食わせろとわんわん泣くコラボレーションを奏でる1歳目前の娘を抱き抱えながら、私は部屋でひとり悶絶していた。

 

昼ごろから、ジャブを打たれているような感覚が、あった。

 

その時点で、もうどうしようもないことは察していた。仕事が忙しくて、ヘトヘトになって帰っていることをいいことに

 

「ごめん、今日は晩御飯作るのちょっとしんどいかも」

 

なんて、甘えたこと言った昨日の自分に会えるなら、今は問答無用でぶん殴ってやりたい。

共働きだからということもあるけれど、日頃、ご飯だけは少々忙しいとしても可能な限り手作りをしているとはいえ、旦那さんの寛容さには毎度助けられている。

 

「今日は晩御飯作るH Pが足りない」

 

といえば、Uber Eatsでいいんじゃない? とか、外に食べに行っちゃう? などと言ってくれるので本当に頭が上がらない。おかげで、私は日々の仕事に没頭できる。

 

とは言ったものの……

 

「やっぱ辛麺は、こうなっちゃいますよねぇぇぇぇぇぇ」

 

冷や汗が止まらない。

昨晩食べた宮崎発祥のソウルフード、桝本の辛麺が私の体内でリオのカーニバルばりにサンバを踊っている。マジでやめて、今じゃない。

辛いものは大好きだ。平々凡々な日常に刺激を求めたくなるかのように、辛麺食べてぇな、という波が、定期的に我が家にはやってくる。

 

「辛さ、どうする?」

 

と夫婦で確認しながら、結局は冒険することもなく無難な辛さの辛麺を啜るのだけど、カプサイシンの刺激と、たっぷりのニンニクで満足して店を毎度後にしている。

けれど、上の口は良くても下はそうとは限らない。

 

「フゥゥゥゥゥゥゥン!」

 

腹の中で繰り広げられるカーニバルは、止まることを知らないらしい。

カプサイシンの刺激なのか、ニンニクを食べすぎた刺激なのか、今となっちゃ何が祭りを盛り上げているのかはどうでもいい。

 

 

一刻も早く、一分、いや、1秒でも早く……

 

 

トイレに、行きたい。

いや、行かねばならない。

 

(ごめん、ちょっとだけ……)

 

私の腕の中でニコニコ微笑む天使を、畳の上へと転がした。

すると、天使だったはずの娘が一瞬にして阿修羅の形相になり、泣き叫び始めた。

 

そりゃ無理もない、後追いが盛んになっているせいだ。

彼女の視界から一瞬でも消えようものなら、それは彼女にとってこの世から私が消え去ったのと同じようなものなのだ。

 

「おぉぉぉ、ごめんて、ごめんてぇぇ」

 

弱々しく、我が子を抱き抱える私の下の出口は固い意志で閉ざされていた。

いかなることがあろうとも、ここだけは守り抜く。

たとえこの先どんな結末が待っていようとも、ここだけは何事もないようにしたい。それだけは、私の女としてのプライドが絶対に許さない。

 

絶対、ぜぇったいに……やるもんか。

 

真顔の娘を抱き抱えながら、私は2つの選択を強いられていた。

 

一つは、娘を完全無視してトイレに直行する。

もう一つは、娘を抱き抱えたままサンバの波が過ぎるのを待つ。

 

前者は、娘がギャン泣きをすることが確定した未来。娘が「マンマァ」と私を呼ぶ声を完全に無視しながら一人トイレへと直行し、誰にも邪魔されることなくサンバを踊る。

後者は、娘を抱き抱えながら時折ひいては寄せてくる波にうまく乗りながら和室でサンバのステップを刻み、時が過ぎるのをどうにか耐え忍ぶしかない。

 

どちらを選んでも、穏やかに時を過ごせそうにないのにも関わらず、どちらかを選ばないといけない。辛麺を食べたせいで、手に汗握るような思いをするハメになるとは、昨日の私は思いもしなかっただろう。いつの間にか冷や汗はひいていたが、代わりに額には脂汗がじわじわと出てきた。

 

15辛に挑戦せず、10辛で思いとどまった自分を褒めてあげたいとは思う。

けれども、スープの底に沈む大量の唐辛子と刻みニンニクを余すところなく平らげた昨日の自分に会えるなら「テメェ、なんて事してくれたんだ!」と迷わず右ストレートで思いっきりぶん殴ってやりたい。

 

殴ってやりたいけど、あの時の自分にはもう戻れない。

 

身体中の穴という穴から、脂汗がじわじわと湧いてくる感じを覚えながら、私の頭の中ではまるで走馬灯が巡るかのように、色んな思いが凄まじい速さで駆け巡っていった。

 

人生は、本当に選択と決断の連続だ。

 

日常のちょっとしたことから、人生を大きく左右させることまで……

何回も、何回も、積み木を重ねては、時に崩れてもまた積んで。一つ一つの選択の最高傑作が、今この瞬間の自分自身なのだ。選んだ先に、バッドエンドが待っていたとしても、私たちは、命が終わるその瞬間にハッピーエンドを勝ち取るために、諦めずにただひたすら、淡々と目の前の選択をハッピーな方へ進むべく「選び取る」しかできないよう、設計されているのだ。

 

だから、あの時の仕事の決断も、人生の一大イベントの決心も、全部、後悔するための選択じゃなくて「ハッピーな未来を勝ち取るための選択」をいつだってしたことだけは間違いない。結果、それが失敗だったこともあったかもしれないけれど、それは「これからの私」の選択が、きっと「ハッピーな未来」へ絶対誘ってくれるに違いないのだ。だって、どれも一生懸命選んだし、これからも不幸な未来へなんか行かないんだからねっ!

 

とは言いつつも、お腹のカーニバルはいよいよクライマックスへ向かおうとしていた。

 

 

「フゥゥゥゥ……フゥゥゥ!」

 

きっと、腕の中にいるこの子を産んだ時に、このくらい落ち着いて呼吸ができていたらもっとお産が楽だったんだじゃないかな、と思った。来る瞬間が来るまで、力むことも許されず、ゆっくりすることもできない。お産を通して、母親は「人生はお前の思い通りには簡単に行かない」ということをインプットされる。我が子というかけがえのない存在を得る代償に、自分だけの時間を生贄に捧げなければならないからだ。

 

たとえ、辛麺を食べて今にもトイレに駆け込んでしまいたくても可愛い我が子を放置はしたくない。けれども今にも爆発しそうな爆弾をお尻に抱えながら、我が子を抱え続けることにも正直限界が目の前にやってきた。

 

決断の時が、やってきた。

 

大人になるってのは、この「戻れない選択」を背負っていくことなのかもしれない。

チクショウ……子供を放置して駆け込むのも嫌だし、黙って波が過ぎ去るのも耐えられるわけないじゃないか!

 

最後の力を振り絞って、トイレの扉を開けた。

娘が入れないよう、少し離れたところに苦し紛れにYogiboを押し倒し、一才の迷いなく娘をYogiboの向こう側へそっと置いた。

 

「ふぇ、えぇ?」

 

「大丈夫よ! だぁいじょうぶヨォぉぉぉ!」

 

仕事でも出したことのない、大きな、けれどもなんとも情けない声が開放感溢れるトイレから、Yogibo挟んだ娘へと届けられた。

 

「えへへへへ」

 

やった、やったぞ。

娘も泣かない、私も泣かない未来を、私は勝ち取った。

 

 

そんな選択ができた自分を、今日は褒めてあげたい。

 

 

【終わり】

 

❏ライタープロフィール

まるこめ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

日常のあれやこれやに思いを馳せながら、ある時はペンを握り、ある時は包丁を握り、ある時はマウスを握る。自動車販売会社に勤める傍ら、9歳差の姉妹を育てる兼業主婦リーマン。今日も夕飯の献立が浮かばない。

 

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