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正解が、安くなった。——だから僕たちは、アートを見る《週刊READING LIFE Vol.370「芸術の秋 」》


 

 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

 

 

記事:川瀬健二(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

正解が、安くなった。

少し乱暴な言い方かもしれない。けれど、AIが瞬時に情報を集め、要約し、分析し、もっともらしい企画書まで作ってくれる時代になって、僕はこのことを強く感じるようになった。かつては、正しい情報をたくさん持っていること自体に価値があった。情報を整理することにも価値があった。複雑な問題をフレームワークに落とし込み、筋道の通った答えを導き出せる人は、それだけで組織の中で重宝された。

ところが今、その「正解を作る能力」が、急速に誰にでも手に入るものになりつつある。知りたいことがあれば検索する。膨大な資料をAIに読み込ませれば、短時間で要点を整理してくれる。競合企業を比較してほしいと言えば、強みと弱みを一覧にしてくれる。新規事業のアイデアを求めれば、十案でも二十案でも瞬時に提示してくれる。もちろん、AIが出す答えをそのまま信じてよいわけではない。事実確認も必要だし、現場でしか分からない情報もある。それでも、「そこそこ正しく整った答え」をつくるコストが劇的に下がったことは間違いない。そして僕は、ここに一つの逆説が生まれているように思う。

正解が簡単に手に入るようになるほど、正解だけでは差がつかなくなる。

オフィスの会議室を覗けば、その変化はよく分かる。過不足のないデータ、競合他社の緻密な分析、美しく整理されたフレームワーク、投資額とリターンを示した事業計画。モニターに映し出される資料には一点の隙もなく、誰もが「なるほど」と頷いている。論理としては、ほとんど100点である。ところが、説明が終わったあと、会議室に妙な静けさが残ることがある。誰も反対しない。けれど、誰も興奮していない。

「理屈は分かる。でも、これの何が面白いんだろう」

そんな言葉にならない違和感だけが、テーブルの上に残される。僕は長年、新規事業や経営の現場に身を置いてきたが、この種類の企画を何度も見てきた。間違ってはいない。むしろ、正しい。だからこそ厄介なのだ。全員が同じデータへアクセスし、同じフレームワークを使い、同じ成功事例を研究して、同じように失敗を避けようとすれば、導き出される答えも少しずつ似てくる。市場に並ぶのは、どこかで見たようなデザイン。どこかで聞いたようなコンセプト。誰も不快にさせない代わりに、誰も熱狂させないサービス。競合と違うものをつくろうとして、競合を徹底的に研究した結果、かえって競合に似てしまう。そんな皮肉なことさえ起きる。正解を追いかけた結果、正解そのものがコモディティ化していく。AIがさらに進化すれば、この傾向はもっと強くなるだろう。

けれど、ここで誤解してほしくないことがある。僕は、データや論理を捨てて、直感だけで仕事をすればいいと言いたいのではない。むしろ逆だ。経営において、事実を確認し、数字を読み、市場を分析することは欠かせない。顧客が何を求めているのか。市場はどの方向へ動いているのか。競合は何をしているのか。どこにリスクがあるのか。それらを調べず、「僕はこう思う」で突っ走るのは単なる独善でしかない。

データで行けるところまでは、徹底的にデータで行く。問題は、その先だ。新規事業の現場では、どれほど調べても最後には数字だけで決められない瞬間がやってくる。市場調査をした。競合も調べた。顧客にも聞いた。収支も計算した。リスクも洗い出した。それでも、AとBのどちらへ進むべきか、答えが出ない。そんな瞬間である。

Aは安全だ。すでに他社の成功例もある。上司にも説明しやすい。売上予測も立てやすい。もし失敗しても、「データに基づいて判断しました」と説明できる。一方のBには、まだ十分な根拠がない。前例も少ない。成功する保証もない。社内で説明すれば、「なぜわざわざそんな難しいことをやるのか」と聞かれるかもしれない。けれど、どうしてもBが気になる。

「こちらのほうが、新しい景色を見られる気がする」

「世の中に出すなら、僕はこちらをつくりたい」

「まだうまく説明できないけれど、こちらには何かがある」

そんな感覚が、お腹の底に残る。さて、どちらを選ぶのか。最後に問われるのは、「自分は、何を良いと思うのか」という、自分自身の判断である。そしてもう一つ。「その判断の責任を、自分で引き受けられるか」という覚悟である。僕は、この判断を支える基準を「自分だけの物差し」と呼びたい。それは、単なる好き嫌いではない。経験、知識、成功、失敗、人との出会い、何度も感じてきた違和感、どうしても忘れられない感動。

長い時間をかけて自分の内側に堆積してきたものが混ざり合い、「自分はこれを良いと思う」という一本の軸になったものだ。美意識と言い換えてもいい。正解が誰にでも手に入る時代になればなるほど、この「物差し」の希少価値は上がっていく。なぜなら、AIは選択肢を出してくれても、どの未来を選びたいかという価値判断まで、僕たちの代わりに生きてくれるわけではないからだ。では、自分だけの美意識は、どうすれば研ぐことができるのだろう。本をたくさん読めばいいのか。成功者の話を聞けばいいのか。教養を身につければいいのか。どれも役には立つ。でも、他人の答えを大量に取り込むだけでは、自分の美意識はなかなか育たない。

そこで僕が面白いと思うのが、アートだ。秋になると「芸術の秋」という言葉をよく耳にする。せっかくだから美術館へ行ってみよう、という人もいるだろう。そのとき、一つだけ試してほしいことがある。作品の横にある解説を、最初に読まない。まず、作品だけを見る。できれば、数分間。有名な作家なのか。いくらの値段がついているのか。美術史上どれほど重要なのか。専門家がどう評価しているのか。いったん、全部忘れる。すると、少し困る。

「何を見ればいいのだろう」

「これは良い作品なのだろうか」

「そもそも、僕にはよく分からない」

そんな不安が出てくるかもしれない。でも、その「困る時間」こそが面白い。なぜなら、そこには正解がないからだ。目の前に、一枚の絵がある。白いキャンバスに一本の線しか描かれていないかもしれない。意味の分からない色の塊が並んでいるかもしれない。誰もが知る名画なのに、自分には少しも心が動かないかもしれない。逆に、名前も知らない作家の小さな作品の前から、なぜか離れられなくなるかもしれない。そこで、すぐに答えを探さない。スマホにも手を伸ばさない。代わりに、自分へ問いかけてみる。

「僕は、最初にどこを見た?」

「なぜ、この色が気になる?」

「なぜ、この絵を好きだと思ったのだろう」

「なぜ、この作品には居心地の悪さを感じるのだろう」

正しい答えを出す必要はない。「嫌い」でもいいし、「よく分からない」でもいい。大切なのは、他人の評価を借りる前に、自分がどう感じたのかを、自分の言葉にしてみることである。そして、ここでもう一歩だけ進めてみる。なぜ、僕はこの青が好きなのか。なぜ、この余白に落ち着くのか。なぜ、整いすぎた作品より、少し歪んだ作品に惹かれるのか。なぜ、この人物の表情を見ると、昔の記憶が蘇ってくるのか。最初は言葉にならない。でも、しばらく作品の前に立っていると、自分の中から何かが浮かび上がってくることがある。

「僕は、完璧なものより、どこか欠けたものに惹かれるんだな」

「派手な色より、静かな余白を美しいと思うんだな」

「技巧の凄さより、人間の手の跡が残っているものが好きなんだな」

それは作品について考えているようで、実は自分について考えている。アートを見ていたはずなのに、自分自身が見えてくる。ここに、アート鑑賞の面白さがある。そのあとで、初めて解説を読む。作者がどんな時代を生きたのか。何を考えてこの作品をつくったのか。美術史ではどう評価されているのか。すると、鑑賞はまったく違ったものになる。

「なるほど、だからこの色だったのか」と思うかもしれない。あるいは、「専門家はそう評価するのか。でも僕は、やっぱりこちらの作品のほうが好きだ」と思うかもしれない。それでいい。むしろ、その小さなズレこそ大切なのだ。他人の評価と、自分の感覚の間に生まれたわずかなズレ。そこに、自分だけの物差しの原型がある。

考えてみれば、僕たちは日常生活の中で、この順序を逆にしていることが多い。評判を見てから映画を観る。星の数を見てからレストランを選ぶ。ランキングを見てから本を買う。SNSで話題になっているから、その商品を欲しくなる。他人の評価を先に頭へ入れ、その後から自分の感情を合わせにいく。便利ではある。失敗も減る。けれど、そればかり続けていると、自分が本当は何を好きで、何を美しいと思い、何に違和感を覚える人間なのか、少しずつ分からなくなってしまう。

僕たちはいつの間にか、商品を選ぶときだけでなく、人生そのものまで「星の数」で選び始めているのかもしれない。有名な会社だから。みんなが目指しているから。市場価値が高いから。世間から評価されるから。もちろん、それらを判断材料にすることは悪くない。けれど、最後まで他人の物差しだけで選び続けた人生は、本当に自分の人生と言えるのだろうか。だからこそ、ときには「正解を教えてくれないもの」と向き合う時間が必要になる。

アートは、そのための格好の相手だ。目の前の作品は、あなたに「こう感じなさい」と命令しない。「これが正解です」と答えを差し出してもくれない。ただ黙って、そこにある。だから、自分で決めるしかない。好きなのか、嫌いなのか、美しいのか、心が動いたのか、何も感じなかったのか。そして、その判断を他人に委ねない。この小さな行為を繰り返しているうちに、自分という人間の輪郭が少しずつ見えてくる。

僕は、これこそがアートに触れる大きな価値の一つだと思っている。知識を増やすためだけではない。教養のある人に見られるためでもない。有名な作品を「見た」という実績を増やすためでもない。自分が世界をどう見る人間なのかを知るために、アートを見る。

そして、この力は会議室へ戻ったときにも効いてくる。もちろん、アートを見れば経営判断が正しくなる、などという単純な話ではない。自分の物差しを持つことは、「必ず当たる判断基準」を手に入れることではない。むしろ、逆かもしれない。自分の物差しで決めるということは、失敗したときに「誰かがそう言ったから」と逃げられなくなるということでもある。だから怖い。けれど、その怖さを引き受けて、「僕はこちらを選ぶ」と言えること。それこそが、答えのない未来をつくる人間に必要な力なのではないだろうか。

秋の休日。もし少し時間があったら、美術館へ行ってみてほしい。そして、一枚だけでいい。解説を読む前に、その作品の前で立ち止まってみる。三分でもいい。スマホをポケットにしまう。そして、自分に尋ねてみる。

「僕は、これをどう思う?」

誰にも聞かなくていい。検索もしなくていい。正解を出さなくてもいい。ただ、自分の中に生まれた小さな違和感や、理由の分からない「好き」を、そのまま逃がさず眺めてみる。できれば、美術館を出たあと、たった一行でいいから書き残してみる。

「今日、一番好きだったのはあの絵だった。なぜなら……」

その「なぜなら」の先に出てくる言葉は、誰かの解説ではない。あなた自身の言葉だ。その感覚は、すぐには役に立たないかもしれない。けれど、いつか誰も答えを持っていない場所に立たされたとき、その小さな感覚が「僕はこちらへ行く」と決めるための、静かな根拠になってくれるかもしれない。

そして、それは仕事だけの話ではない。どこで働くのか。誰と生きるのか。何を大切にするのか。何を手放すのか。人生には、検索しても答えの出ない問いのほうが多い。そのたびに世間のランキングや、誰かの成功例だけを見ていたら、いつまでたっても自分の人生を選ぶことはできない。だから僕たちは、時々正解から離れた場所へ行く必要があるのだと思う。

芸術の秋。今年は「名画の正解」を覚えるためではなく、自分の中に眠っている一本の物差しを探しに行ってみるのも悪くない。美術館を出たあと、世界は昨日と何も変わっていないだろう。街も、人も、仕事も同じだ。それでも、世界を見る自分の目がほんの少し変わっていたなら。そして、誰かの正解ではなく、「僕は、こう思う」という小さな言葉が、自分の中に一本残っていたなら。

それで十分なのだと思う。その一本だけは、どれほど正解が安くなっても、誰にもコモディティ化することはできないのだから。

 

≪終わり≫

 

❒ライタープロフィール

川瀬健二(かわせけんじ)『READING LIFE編集部ライターズ倶楽部』

1898年創業の印刷会社にて4代目社長を12年間務め、現在は取締役会長。2027年新会社設立に向け、鎌倉の寺院に住みながら仏教哲学を勉強する日々。古くから伝わる生活の智恵、エシカルな暮らし、モノや想いの記憶を次世代へ繋ぐ事業を通じて、誰もがやさしく豊かに生きていける地域社会の実現を目指して奮闘している。また「サステナビリティ × 仏教哲学 × CSV(共通価値の創造)」をテーマに、企業の存在意義を再編集する独自のアプローチに取り組んでいる。

 

 

 

 

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