*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:美濃部 康代(2026年8月開講 ライティング・ゼミ福岡)
わたしは夫を愛していると清らかな声で宣言するのは控えておこう。
嫌いになれない可愛さがあるといえば失礼にあたるだろうか。
私たちはお互いの結婚紹介所を通じて知り合い「えっ!?」という間にアドバイザーのサポートのおかげで結婚に至った熟年カップルである。
ちょうど定年を迎える3年前にあたる。
仕事はシステムエンジニア一筋。
モノを作ることが面白いらしい。
大学入学と同時に実家を離れ、寮住まい。格闘部活に人生を捧げ規則の丸刈りを固守したため女性にはモテなかったと硬派をアピール。
ちなみに今でも丸刈り頭だ。
終末は仕事のストレスを払しょくするようにサーキット場へ向かう。
100キロを超える猛スピードでアクセルを吹かし場内を走りまわる。
まるで憑きものを払い落とすような印象だ。
まったく将来を見据えずに邁進していたところ突如、父親の余命宣告を知らされ福岡本社へ移動を許された長男坊。
以前、結婚紹介所を同僚に勧められたことがよぎり帰福を契機に入会した彼。
残された母の面倒をみるつもりでふたりでの暮らしが始まった。
もちろん、母親の世話をしてくれる嫁の存在は紹介所では欠かせない。
ところが······
彼の家に遊びに行くと「女性を意識した化粧に紫ヘア」でお迎えの84歳。
「あら、いらっしゃい。いつも、息子がお世話になって······
お料理がお上手らしいわね。だから息子も帰りが遅くなるのでしょう。」
「いえいえ、そんな」······
間髪入れずに「まあ、素敵なヘアースタイル、色もお似合いですね。」とほめ殺し。「うちの息子が結婚できる人が見つかるとはねえ······
だって、女性の気持ちなんてわからないからねえ。と、娘と話していたのよ」と複雑な胸のうちを明かす。
わたしの傍から離れていくはずがないといつの間にか息子の取り合い合戦に引き込まれる印象だ。
静かな火花がぱちぱちと······
彼は素直に結婚できると思い込んでいたしお嫁さんになるひとは母親のお世話もするものだと信じていた。絵に描いた家族像、まるでピーターパンシンドロームそのもの。
なんでも話を聞いてくれる優しい人だと錯覚した私。
結婚して判明した「聞き流しの術」内容はまったく覚えていないし
うなづいて適当に相づち入れておけばバレないと聞き上手の仮面をつけていた。
あまりにも無頓着でズレている。
大学では格闘の空手をやって社会人でも続けて、そしてバイクにも乗って
ボクシングも習っていたと話す彼は小柄でシャイなタイプだ。
そのギャップもなかなか素敵だ!
男らしく頼もしい!(はず)
なのに2リットルのお水を頼むと「重たいからちょっと…」
近くのコンビニで買うという。
「え? なんのためにボクシングジムに行ってるのよ!」
(月に1回行くか行かないかだ)会費がもったいないと嘆くわたし。
日常の生活のなかでトレーニングと思えば鍛えられるじゃない。
もったいない。
なんなら2本買って両方に持てばいい!と推奨する。
移動も階段を上らずエスカレーターにすすんで足を運ぶ。
わたしは階段、階段!と歩きながら階段を推奨。
だめだ······これじゃ、なんだか母親と息子のような関係で会話しているみたいだ! ちがう、ちがう、わたしがほんとに伝えたい気持ちはどんなことばを使えば夫の腑に落ちるのだろうか? どんな言い方なら夫が委縮しないでいられるのか私には難解だ。
一生懸命考えていったのに······なんだかムカツク。
仕事も東京とは異なる人間関係や風土文化など定年を間近に控えた夫の大変さは想像できる。魂が抜かれた忍者のように「抜き足差し足」で「ただいま」とつぶやきドアを開ける。
夕食の支度で包丁の音にかき消された心あらずの私には
突如、扉が開き「飛び上がるほどに身構え息が止まる」恐怖心で怒りに包まれ「しっかり声を出して帰ってきてよ!」と毎日のように吠えてしまう。
へとへとに疲れている夫を前になんという思いやりのない冷たい仕打ち。
あるとき、背中がかゆいと言う夫。背中を見るが何もできていない。あえて言うなら若かりし頃のニキビ跡?くらいだ。
「大丈夫、ちょっと乾燥してるからお風呂上りに保湿剤を塗ってあげるね
上がったら声かけて!」
(シャワーの時間も長いのだが・・・・・・)
しばらくして
「お願い」とバスタオルで体を隠すよう台所へやってくる。
一緒に脱衣所まで戻り保湿液を浸み込ませたコットンで
背中を「パタパタ·トントン」これで大丈夫とわたし。
もう!大きな声で呼べばいいのに!
そして、次の日も······
さすがに私も何日も続くと夕食の支度中で面倒な気持ちが沸き起こり
手を止めるキリの良いタイミングを察しながら「ガラッ」と脱衣所ヘ向かってドアを開くと「あわわ······」と慌てふためき急いで下着を履こうとする夫の姿があまりにも女々しくてカワイイ。
私はカワイイ女にはなれなかったその反動なのか
「まったく!タオルを巻けばいいだけなのに。いったい年はいくつよ!
いい年して!」と喝
そして次の日も······
さすがにタオルを巻くようになったが変わらず背中をパタパタ·トントン
「何もできてないけどな。まだ、かゆいの?」
「うん、ちょっと」
あるとき、閃いた。
そうだ! 背中を推して欲しい。そんな心境なのかもしれない。
なるほど、そうか。
そういえば、以前、私の同僚が教えてくれた。
同僚の夫も定年まじかになると気持ちが沈んだり、いろいろ、想い悩んでうつみたいな感じになったのよと。
よし!夫が気の済むまで背中をパタパタ·トントンして気合を入れてあげよう!
ついつい、私が意気込んでしまう。
がんばれ!と背中を「バン!」と一発叩きたい心境にかられる私。
がんばれ!定年後は無理するな!健康で生きていてくれ!そして働いてくれ!と祈る。
≪終わり≫
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