手を動かし続ける私は諦めが悪い
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:鐵谷知会子(2026年8月開講 ライティング・ゼミ福岡)
思い切って、A美術大学の通信科に通う事を決めたのは40代も後半の事だった。渋る家族を押し切って入学願書を出す。必要なものは大学の成績証明書といわゆる作文。『いかに自分が美術大学へ行きたいかを述べよ』という課題である。文章を書くのは苦手ではなかったから、私はラブレターを書くつもりで取り掛かる。今までの美術体験やそれに重ねて、自分がどうしていきたいのかを書き連ねる。小学生の頃に特別の図画クラブでたくさん水彩画を描いた事。また、社会人になってもグラフィックデザインを学び、幾つも賞を取った事等、アピールできると思うエピソードは書けるだけ書いた。そして、いかに自分を自分で認めるかを追求していきたいと締めくくる。運良く作文を認められA美術大学の通信コースへ入学する事になる。
問題は沢山あった。私は九州に住んでいるが、美術大学は東京。まだコロナが流行る前だからオンラインで受けられる授業は一つもない。単位をとりたければ行くしかない。それでも、自分という人間を確認したい気持ちが勝るわけだから、その頃の私は、それなりの思い詰めたものがあったのだろう。
航空券と宿泊費が掛かるから、授業も絞っていくしかない。必修科目から受ける事にする。初登校の日、久しぶりの大学の雰囲気は、懐かしくもあり、眩しくもある。スクーリングという言葉の響きも新鮮。通信コースは社会人が多いから、スクーリングは週末である。今日の教室を眺めてみると、おおよその生徒は、私と年齢差が20歳近くあるだろう。スクーリングの講義名は確か『造形論』であったと思う。バッハの音楽を流しながら、自分の中に出てきたイメージを造形として2次元の紙に表現する。大体、イメージを紙に落とし込んでいくとは? 最初に課題を聞いた時から混乱させられる。こういう時、私はいつも目を閉じてゆっくりと深呼吸をし、呼吸を整える。そうして、バッハの荘厳な音楽に集中する。
「とにかく、手を動かしてみることですよ」
このスクーリングを受け持っている先生が静かに言う。その言葉を頼りに、まずは線を引く。よくわからないが、感じたまま線を重ねていく。まずは手を動かす。スケッチブックを何枚もめくりながら、何とか自分なりに形を探し出す。行きたかった美術大学で学んでいるという事。新しい世界に自分が存在している事。その何もかもに心の底から喜びが湧き出る。
午後からは、午前中に描いたスケッチを3次元のスケッチに変換するのが課題。これは、どうしても苦痛の唸り声が出そう。私が卒業した大学では3次元を2次元にする練習が当然であったのだから、なかなか頭の中での変換が難しい。こういう時は、目を閉じて深呼吸。とにかく手を動かして形を手繰り寄せる。何枚もスケッチブックをめくる。来週末は、この3次元に起こしたスケッチを本当の立体にしていく授業になる。九州に帰ると、まずは文具店に行きスチレンボード等を購入。大きい文具店が近くにないから、次は、DIYショップへと向かう。線の細い針金やロープを手に入れる。これでうまく表現できるだろうか。
スクーリングの最終講義が始まる。3次元スケッチを本当の立体にしなければならない。課題に取り掛かりながら気付いた事がある。一番大事なのは、目の前の課題にどれぐらいのパワーでのめり込めるのか、という事。結局、授業では年齢等関係ないのである。
授業の合間、先生方と会話をしながらDIYショップで買った材料が話題になる。不便な場所に住んでいる事が、先生とのコミュニケーションを円滑にしてくれる。人並みに出来ないと思い込んでいる事も、どこでどんな価値を生み出すのかわからない。何事にも人生を感じるのはアラフィフだからこそ。授業も終わりに近づき、造った立体のプレゼンの時間だ。他人の造形を見るのも心から楽しい。なんといっても20年以上ぶりの授業。一度、学校から離れて社会人になったからこそわかる醍醐味。
随分と長い間、授業のために東京に通った。しかし残念ながら卒業を諦めることになってしまう。それでも、私が得たものは光り輝く。だから私は、諦めが悪い。良くも悪くも諦めが悪い。それは自分の中から湧き上がるものを表現したいという気持ち。そんな私は、今、天狼院書店の企画した『人生を変えるライティング教室』で文章力のスキルを上げる講義を受けている。毎週、2000文字の文章を仕上げる課題がでる。表現を生み出すまでの苦痛は、造形も文筆も全く同じ。
「とにかく、手を動かす事ですよ」
これは、ライティング・ゼミの久田先生にも言われた。目指す場所がそれぞれ違っても日々、惜しまず手を動かし心を動かし続けるという事なのだろう。美術大学に在籍していた時も感じた醍醐味を、また味わう事が出来ている私は幸運である。今一度の学生に戻った私は、とにかく前を向く。先が見えるような年齢になっても突き進む。私は心底、諦めが悪い。その喜びを天狼院書店という場所で、まさに味わっている途中である。
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