海を見るために40km歩いた先で見えたゴールの景色について
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:麦本はるか(2026年8月開講 ライティング・ゼミ福岡)
「あと100m……」
夕日が落ちて闇が支配する河口沿いの道を私は歩いていた。右手には高くそびえたつ防波堤、その先には海が広がっている。
足は一歩歩くごとにビリビリと激痛が走り、もはや立っているのすら辛い。
それでも私は引きずるようにして足を前に出し続けた。全てはゴールからの景色を見るために。
しかし……。
「そうだ、海まで歩こう」
3日前、私の頭に突如アイデアが舞い降りた。
最近の私は毎日同じことを繰り返すロボットのような生活を送っていた。プログラミングされた通りに朝起きて仕事して帰って寝るという生活。休みの日もある程度決まった過ごし方しかせず、つまらない毎日を送っていた。
自宅から海までの40kmを歩いて踏破する。テレビ企画のようなそのアイデアは、まるで大きな岩がわずかなヒビから真っ二つに割れるように、今の私のルーティン通りの悶々とした生活を壊してくれるかもしれない。
そんなわくわくとした期待感とともに次の休日を迎えた。
残り40km。
休日の朝日が私を明るく照らす。天気は快晴。準備も万端。
「よし、行こう」
川沿いをひたすら歩き続ければ海にたどり着く。事前にGooglemapでざっくりとルートを調べていた私は下流に向かっててくてくと歩き始めた。
残り33km。
右手を流れる川に見とれていた私はふと前を見て気づいた。この先の道はどうやら神社らしき建物の裏手に通じてるらしい。スルーしようかと一瞬考えたがこれも何かの縁。せっかくなのでお参りして500円のおみくじを買った。
失物「出るが役にたたず」
旅行「盗難に用心せよ」
争事「先に言と負ける」
おみくじの結果はまるっきり今の私の状況と重なっていた。つまり何をしても上手くいってないということだ。
運勢に見放された私はとぼとぼと神社を後にした。
残り27km。
川沿いの道は見渡す限り誰もいない。
右手には大きな川、左手にはどこまでも広がる田んぼ。前後に人の影はなく、空は果てしなく高い。
この道はまるで私のためだけに用意されたライブ会場のようだ。
「うぉううぉう、いぇいぇ~」
自分の内にあるストレスを全て外に吐き出すかのように私は好きな歌を片っ端から全力で歌い続けた。
実はこのとき既に足裏には徐々に痛みが出始めていた。だがそんな痛みをごまかすかのように私は歌い続ける。このライブ会場で私は間違いなく「自由」だった。
残り22km。
河原で何かを探しているおっちゃんがいた。
「何してはるんですか?」
思わず声をかける。
「いやボールを探してるんですけどね」
どうやらゴルフの練習をしていてボールを無くしてしまったらしい。
「お兄さんはキャンプか何かですか?」
私が背負っている大きなカバンと恰好を見てそう思ったのだろう。
「いえ、ここから海まで歩いて行こうと思って」
「……なんでそんなことを?」
「海が見たくなって」
「あぁそうなんですね……」
おっちゃんはまたゴルフボール探しに戻ってしまった。全身から「この人と関わりたくないオーラ」が見えるようだ。
確かに「海を見るために40km歩いてます」という人間は間違いなく変人だ。私も普段会ったら関わりたくない。でも、私の心は「少しでも応援してほしかったな」という少し寂しい気持ちになった。
おっちゃんに背を向け再び歩き出す。誰からも応援されないのは、少し、悲しい。
残り18km。
ようやく隣の市に入る。
歌っていた頃から感じていた足の痛みはさらにひどくなっている。足裏は一歩踏み出すごとに激痛が走る。さらにそこに加えて両ひざの裏にも痛みが出てきた。まるでスタバでフラペチーノに色んなカスタマイズをするように痛みが上乗せされていく。
「そんなトッピングいらん……」
休憩で入った公園で靴下を脱ぐとマメができていた。しかし対処する術はない。我慢し耐えながら私は再度出発する。
残り8km。
Googlemapを確認すると、残り8kmはひたすら川沿いをまっすぐ行くだけだ。
この距離を歩いていると足裏も痛い、両ひざも痛い、さらにそこに加えて太ももまで痛みが出てきた。フラペチーノにホイップクリームとチョコレートソースをトッピングしたかのように、痛みも盛り盛りになっている。
だが最後の直線だと自分を奮い立たせ、夕日に照らされた道をただひたすら歩く。
残り3km。
座り込んで休憩したいと思う自分に喝を入れ、ただひたすら足を前に出し続ける。
左手にはどこまでも田んぼが広がり、遠くの方に明るい街並みが見える。
残り1km。
夕日は完全に落ちた。狭くて真っ暗な道を何とか目を凝らしながら進む。当然周囲には人一人いない。
残り500m。
腰は痛く目もかすむ。浜風が私の身体から熱を奪っていく。
残り100m。
足の感覚はもうほとんどない。
残り50m。
それでも足を前に出す。
残り10m。
ついに……。
「ついた」
最終目的地としていた場所にたどり着いた。
その場所は高い防波堤に阻まれており海は見えない。当初の予定では、防波堤の上に昇り、まるで映画のエンドロールのような旅の終わりを迎えるはずだった。
最後の力をふり絞り防波堤の上に昇ろうとする。
……昇れない。
防波堤が高すぎるのだ。
「こんなに頑張ってきたのに最後に海を見られない?」
旅の最後でまさかのハプニング。普通ならがっかりするだろうが、意外にも私の心は空のように晴れ晴れとした気持ちでいっぱいだった。
「まあ……いいか」
この場所まで自分の足でたどり着いたこと自体に既に私は満足していた。
私はその場に荷物を放り出した。そして思いっきり大の字に寝転び地面の感触を確かめた。
この旅は人生そのものだった。
旅ではたくさんの困難があった。おみくじの結果は散々だったし、道に迷うこともあった。足全体に激痛が走り、最後は真っ暗で寒い中を痛みに耐えながら進まなければいけなかった。
そうしてまでたどり着いても海は見えなかった。
人生でも多くの痛みを抱えながら生きていく。しかしボロボロになってたどり着いたゴールが自分が思い描いたものではないこともある。
しかし大切なのは思い描いた通りの景色を見ることではない。大切なのはゴールまで自分の足で一歩一歩踏みしめながら歩けたかどうかだ。
確かな一歩を踏みしめていれば、たどり着いた先で見える景色がたとえ思い描いたものではなくても、自らの旅路に納得できる。
私はこの旅でそんなことを学んだ。
止まってしまうと寒さを一段と感じてしまい、私は思わず上着を羽織る。
最終ゴール地点から海を見るという目標は叶わなかった。しかし、私は自分の足で一歩一歩踏みしめながらここまで来た。その道のりに私は誇りを持ちたい。
道中あれほど私を苦しめていた足の痛みさえ今では心地よい痛みに思えるから不思議だ。
「さすがに帰りはタクシーと電車で帰ろう」
うっすらとそんなことを考えながら私は空を見上げる。
夜の海空はどこまでも綺麗だった。
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