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アルバム5曲目のモンブラン


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:秋田梨沙(26年9月ライティングゼミ withAI)

 

私は今、しかめっ面である。

手元には、お洒落なランプの灯りに照らされたデザートのメニューがある。しかし、全くもって意味がわからない。あなた達は一体何者なんでしょうか……。海外旅行ならば諦めもつくが、ここは日本なので非常に困っている。カタカナのくせに!

 

まず、上からいこう。

 

「クラシック・ティラミス」

 

何がクラシックなのかは分からないが、はいはい、ティラミスはわかります。

 

「季節のジェラート」

 

今の季節は何の果物ですか? と聞かなければならないやり取りが発生するうえに、無難すぎる。面白くないので却下。

 

「長野パープルのクープ」

 

ク、クープとは……。わからん。クレープの親戚なのか。とりあえず、ブドウを使った何かしらのアレだ。キープで。

 

「カッサータ・シチリアーナ」

 

お主は何者じゃぁあああ!

 

せっかくの外食の締めくくりに、見当違いな冒険をして「あっちにしておけばよかった」と悔やみたくはない。スマートに店員さんへ質問してしまえばいいのだが、小心者の私には、それはそれでハードルが高い。逃げ道を求め、懸命に視線を走らせたそのメニューの末尾に、ぽつんと浮かび上がった救命ボートのような5文字。

 

「モンブラン」

 

……これだ!

胸の中で小さく息をつき、最も安全そうな選択肢を注文することにした。

「いいですね、季節ですしね」

店員さんはにこやかにそう答えたが、決して私はモンブランが食べたかったわけではない。ちょっとだけ、しょんぼりした。

 

秋の味覚といえば「芋・栗・南瓜」というけれど、私の中で栗の地位はあまり高くない。スイートポテトの濃厚な甘みや、サクサク生地にぽってり甘いかぼちゃのタルトに比べると、栗はどうにも地味で、控えめすぎるように思えてしまうのだ。だから、ケーキ屋さんのショーケースに並んでいても、私の視線はいつもこの山をスキップする。

 

モンブランは、そんな「アルバムの5曲目」だった。

 

はじめのうちは、大人しくアルバム全体を通して聴いてみる。けれど、だんだんと自分の好みが固まってくると、お気に入りばかりをリピートするようになり、いつの間にか当たり前にスキップボタンを押すあの曲。いつもプレイリスト落ちするあの曲。嫌いではない。まずいわけでもない。けれど、わざわざ自分から再生ボタンを押すことはない存在。それが私にとってのモンブランだった。

 

ところが、である。

テーブルに丸いお皿が運ばれ、私の目の前に、コトリ、と優雅に置かれたその瞬間だった。

 

……えっ、何この香り。

ふわりと鼻腔をくすぐった香りに、私は思わず息を呑んだ。まだひと口も食べていないのに、心がじんわりと幸せで満たされていく。甘ったるさではなく、栗の香ばしくていい匂いが、すっと鼻を抜けていく。なんて、いい香りなんだろう。モンブランって、こんなにいい匂いしたっけ?

 

いつもスキップしていた曲に、不意に耳を奪われてしまった時のような戸惑い。こんな曲、あったっけ?

「知っている普通の味」の確認作業をするつもりでいた私の目の前で、まったく知らないメロディが、静かに鳴り響いていた。

 

ゆっくりとフォークを入れて、そっと口に運ぶ。

上手な言葉は出てこないけれど、やっぱり、香りがとても強い。

……すごく、美味しい。

あの難解なメニューに感謝しなければ! 今日は、モンブランを選んで大正解だ。

 

40も過ぎると、選ぶときの基準は「絶対に裏切らないいつもの定番」か、「思い切った目新しい新商品」という極端な2択になってしまいがちだ。失敗したくないから定番で守りを固めるか、刺激を求めて話題の限定メニューに飛びつくか。その狭間にいる「嫌いじゃないけれど普通」の定番は、最初から聴く耳を持たずにスルーされ続ける。

 

けれど、不意のシャッフル再生で流れてきた、このひと皿が、私に気づかせてくれた。知っている気になってるだけなんじゃない? と。習慣のようにスキップボタンを連打していただけで、私はこの曲の深さすら、何年も聴こうとしていなかったのだと。

 

新しい刺激を求めて、遠くの見知らぬ世界へ手を伸ばすことだけが冒険じゃない。ずっと知っているつもりで通り過ぎていた「嫌いじゃないけれど普通」の扉をふっと開けてみたとき、そこには大人になった今の自分だからこそ「いいな」と感じる名曲が、ちゃんと待っている。

 

困ったなぁ。あのお洒落なメニューに文句を言ってやらなくちゃいけない。

これからの秋、私の指先はもう、茶色いあいつをスキップできそうにない。ケーキ屋さんでの悩み事が、また増えてしまったじゃないか。

 

私の右手は無意識に、お腹のお肉を撫でていた。

 

《終わり》

 

 

 

 

 

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