リーダーと呼ばれた男―「よろしく哀愁」と笑っていた、太陽のようなあの人へ―
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:まつ☆ひで(26年9月ライティングゼミ with AI )
「えっ、嘘だろ……」
何かの間違いか、たちの悪いいたずらであってほしい。
スマートフォンの画面をじっと見つめたまま、そう思った。
しかし、メッセージを送ってきた知人は、冗談や嘘をつくような人物では決してなかった。
頭の中に、あの人の顔が浮かんでいた。
当時、私は職場で経理の仕事に追われていた。
帰宅が22時を過ぎることも日常茶飯事で、心も体もすり減るような毎日だった。
忙しさを理由に誘いを断り続けるうちに、いつしか飲み友達も離れていき、仕事の悩みを本音で打ち明けられる相手はいなくなっていた。
上司は明るく、冗談を言うような人だったが、仕事のつらさを真剣に相談できる相手かといえば、そうではなかった。
誰にも弱音を吐けない孤独が、じわじわと心を削っていた。
そんな頃、YouTubeで見かけたあるアーティストの歌に心を打たれ、私は小さなライブハウスに通うようになった。
5人ほどのアーティストが数曲ずつ交代で歌うアットホームなライブ。
そのアーティストは、ライブが終わるとファンとの交流を兼ねて、近くの居酒屋で打ち上げを開くのが恒例だった。
私も誘われるまま、その輪に加わるようになった。
その居酒屋の店主は、太陽のように明るい男だった。
初めて訪れた客にも壁を作らず気さくに声をかけ、気がつけばいつも彼の周りには人の輪ができていた。
笑い声の響く中心には、いつだって彼がいた。
人付き合いが苦手な私にとって、誰とでも楽しそうに笑い合える彼の姿は、とてもまぶしくて、うらやましかった。
彼はみんなから「リーダー」と呼ばれていた。
陽気で誰からも慕われる兄貴分。その言葉がぴったりの男だった。
口癖は『よろしく哀愁』。
たしか、郷ひろみの歌のタイトルだったと思うが、リーダーはその言葉を何気ない会話の中でよく口にしていた。
初めて訪れた日、私はリーダーの気さくな雰囲気に甘えて、10歳も年下の彼につい仕事の愚痴をこぼしてしまった。
初対面の人に、なぜあんなに話せたのだろう。今思えば、それだけ誰かに話を聞いてほしかったのだと思う。
リーダーは、私の愚痴を茶化すことなく、まるで自分のことのように親身になって話を聞いてくれた。
気をよくした私は、職場では言えなかった悩みを次々と話した。
「つらいことがあったら、いつでも話を聞くからまたおいで。じゃ、よろしく哀愁!」
リーダーはそう言って、笑顔で手を振って見送ってくれた。
孤独の中にいた私にとって、その言葉は、まさに救いだった。
それからというもの、私は吸い寄せられるようにその店へ通うようになった。
店に通ううちに、彼とは仕事の愚痴だけでなく、他愛のない世間話から人生のことまで、様々なことを話した。
ときには、閉店間際まで話し込んでしまうこともあった。
「もう閉店時間だよね。長居してごめん」
時計を見て申し訳なさそうに言う私に、
「俺は全然大丈夫だから。とことん付き合うよ」
とリーダーは笑って返してくれた。
そんな言葉に支えられ、私は少しずつ、彼に自分の悩みや弱さもさらけ出せるようになっていった。
ある夜、私はずっと胸の奥に溜まっていた悩みを打ち明けた。
「俺、あんまり友達がいないんだよね。職場で世間話をする人はたくさんいるけど、腹を割って話せる親友のような人ができないんだよ。何かを変えないとダメなんだろうね。このままの自分じゃ、誰にも受け入れてもらえないんじゃないかって……」
うつむきながらそう言うと、リーダーは太陽のような笑顔を見せて言った。
「何も変えなくていいよ。そのままでいいんだよ。友達は俺がいるやん!」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
人付き合いがうまくいかないのは、自分に何かが欠けているからだと思っていた。
変わらなければいけない。このままじゃダメなんだと、ずっと自分を縛りつけていた。
そんな私に、「そのままでいい」と言ってくれた人がいた。
それだけで、ずいぶん気持ちが楽になった。
いつしか私は、彼を親友だと思うようになっていた。
「今度、店の休みの日に二人で飲みに行こう」
そんな約束も交わしていた。カウンター越しではなく、肩を並べてゆっくり酒を酌み交わす日を、私は心から楽しみにしていた。
それから1か月ほど経った頃のことだった。
店の常連客から届いたメールを見て、私は目を疑った。
「リーダーが今朝亡くなったそうです。お通夜は明日の19時からで、告別式は……」
何度読み返しても、書かれていることが信じられなかった。
仕込みの時間になっても姿を見せない店主を心配したスタッフが自宅へ様子を見に行ったところ、すでに息を引き取っていたという。
「まだ、37歳だぜ。おい、嘘だろ……。なんでだよ」
ついこの間まで、一緒に飲もうと話していたじゃないか……。
膝から力が抜け、私はしばらくその場から動くことができなかった。
告別式の日、祭壇に飾られた遺影を見た途端、涙がとめどなくあふれ出した。
親族でもない、ただの飲み客の一人にすぎない男が、なぜここまで号泣しているのか。周りの人から見れば不思議だったに違いない。
けれど、涙を止めることができなかった。
私は葬儀の間中、ずっと泣き続けていた。
苦しくて誰にも言えなかった私の話を、彼は何度も親身になって聞いてくれた。
「何も変えなくていいよ。そのままでいいんだよ」
あの言葉に、私はどれほど救われたことだろう。
もし、願いが叶うのなら。
果たせなかった、あの約束を叶えたい。
二人で、ゆっくり酒を飲みながら朝まで語り合いたい。
そして、別れ際には、いつものあの言葉を聞かせてほしい。
「よろしく哀愁」
そう言って笑う、あの太陽のような笑顔にもう一度会いたい。
《終わり》
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