メディアグランプリ

バーモントカレーを食べながら


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記事:オカリナ(スピードライティング特講)

 
 
午前中に緊張する打ち合わせを終え、帰りに同僚と入った中華料理店で、今年始めての冷やし中華を待っている時に、そのニュースは飛び込んできた。
 
「西城秀樹が死んじゃった」
自分でもびっくりするほど落胆した声だった。
私より一回りと二回り下の同僚も「えっ」と声を上げた。
彼が63歳だったこと。
二回倒れた脳梗塞ではなく、心臓の病気が死因だったこと。
スマホの速報でわかったのはそれくらいだった。
期待していなかった割においしかった冷やし中華を平らげ、会社に戻った。
 
午前中の打ち合わせを受けてのまとめや、新しい企画、先週の訪問レポート。
その日は木曜日だったが、金曜までに終えなければいけないことはたくさんあった。
それなのに、元気が出ない。
夕方になると更にどんどん落ち込んでくる。
まさか、と思ったが、原因はそれしかない。
私は西城秀樹が亡くなったことにショックを受けているのだ。
 
「傷だらけのローラ」がヒットしたとき、私は小学生だった。
「YMCA」が爆発的に売れたとき、私は中学生だった。
「ギャランドゥ」が流行語になったとき、私は高校生になっていた。
 
「ザ・ベストテン」や「夜のヒットスタジオ」をみんなが見ていた時代だ。
彼がいつ頃どんな歌を歌って、どんな衣装を着ていて、髪が長かったか短かったかくらいは覚えている。
 
でも、これまで1枚のレコードもCDも買ったことがない。いや、レンタルしたことさえない。もちろん生で見たこともない。どちらかというと新御三家の中でも苦手だった。
自らの肉体を誇示するようにバーン! とはだけた胸元であったり、全身でシャウトする姿だったりが、ちょっとひねくれ者だった10代の私には、暑苦しく、遠ざけたいものに感じられたのだ。
 
でも、50代になった私は「考えると不可解だが、これは紛れもないヒデキロスなのだ」と認められるようになっていた。
 
仕事帰りにYou Tubeで「西城秀樹」と検索した。
昔のTV番組の動画がたくさん出てきた。
1974年の紅白歌合戦。19歳のヒデキは「傷だらけのローラ」で初出場だった。
黒マントに黒い帽子、仮面舞踏会でつけるような黒いアイマスクをつけてヒデキが登場する。歌い出しから、前奏の間にマントをバサッと脱ぎ捨てる、続いて歌いながらアイマスクとストールを外して投げる。黒いつばの広い帽子をじらすように取りながら、その帽子で顔を隠したかと思うと、それを客席に放り投げる。
いやいやいやいや!
こんなかっこいい人が40年以上も前に存在していたなんて!
 
私は「ザ・ベストテン」も欠かさず見ていたけど、紅白歌合戦も小さい頃から大好きで、この年もばっちり見ていたはずなのにこの場面を覚えていない。この色気が、かっこよさが、10歳の私には響かなかったのだろう。なんともったいないことをしたのだろう。
 
そして、さんざん彼をテレビで見ていて一度もそう思ったことがなかったのだが、ヒデキは抜群に歌がうまい。あれだけ激しく動いても、音程が外れることも、苦しそうになることもない。派手なアクションや衣装にばかり目を取られて、ヒデキが歌唱力があるなんて私は気づかなかったのだ。
 
それから1週間、通勤時間に、移動時間に、休憩時間に、私はヒデキのユーチューブを見まくった。「ブーツを脱いで朝食を」の、腕を上に伸ばした姿の美しさはどうだ。自分の長い手足を最も美しく魅力的に見せるポーズを、この人は知っている。紅白の「ローラ」はたぶん20回くらい見た。そして見るたびに、この人がもうこの世にいないことに落ち込み、悲しい気持ちがつのるばかりだった。
 
「○○ロス」が、大切にしていた何かを失ったときに使う言葉だとするなら、CDの1枚も買ったことのない私が「ヒデキロス」などと言うのは、長年のファンに失礼な気がした。
 
この悲しい気持ちの半分くらい彼が活躍していた時代に、そして生きている時に、その素晴らしさに気づかなかった自分への後悔だ。
 
そんな気持ちでスーパーで買物をしていたら、バーモントカレーが目に留まった。
子どもたちも成人してしまった今では、バーモントカレーを買うこともなくなり、もっとこじゃれたブランドのものを買うことが多かった。が、その日、私は久しぶりにバーモントカレーを手に取った。
 
久々の「バーモントカレー中辛」は、かなりおいしかった。
私はヒデキと同じように、バーモントカレーの良さにも気づいていなかったんだなあ。
 
昨日、注文していたCD「西城秀樹シングルベスト」が届いた。デビュー曲から10年あまりのシングル曲が20数曲収録されている。その良さに気づくのがちょっと遅かったけど、彼の曲が消えたわけじゃない。
 
さようならありがとうヒデキ。

 
 
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2018-06-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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