国民的アイドル「ガチャピン」が人間に戻った日
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記事:山下直子(ライティング・ゼミ平日コース)
私は何でも出来るスーパーウーマンになりたかった。
勉強もスポーツも音楽も出来る。いつも皆に憧れてもらえるような、そして頼ってもらえるような存在。それでいて嫌味はなく、誰からも愛される国民的アイドルみたい人。子供の頃の私は、そんな人間になりたかった。
今はもう終わってしまったが、私が子供だった頃「ひらけ! ポンキッキ」という子供向けの番組が放送されていた。そこには私の憧れがいた。それがガチャピンだ。
ガチャピンは何でも出来るスーパーマン。スポーツ万能でサッカーもスキューバも、あの大きな体でバック転も完璧にこなす。音楽も得意で、歌にギターと何でもやって見せてくれた。そんなガチャピンは、私の理想そのものだった。
「あんな何でも出来るガチャピンみたいになりたい」
私は憧れのガチャピンに近づくために、子供の頃から積極的に何でもチャレンジしていった。町の体操クラブに入ったり、4歳から始めたピアノも頑張って続け、いつも学校の合唱コンクールには伴奏者として名乗り出た。運動会の個人種目で、1位の印であるムラサキ色のリボンをいっぱい胸に付けたくて、体育の時間は必死に練習に励んだ。
憧れてもらう人になるためには、頭も良くなければと勉強。その甲斐あってか、いわゆる”出来る人”として皆に知られるようになっていった。読書感想文やスピーチコンテストでも代表で選ばれるようになり、部活では部長を努めたりしていた。自分からとにかく積極的に動き、人とは違うところを見せたくて人一倍頑張っていたのだ。
そんな私のガチャピン計画は高校に通うまで続いた。しかし、ガチャピン真っしぐらだった私は、高校生活から調子が崩れ始めていく。
私が入った高校は、地元で2番目に難しいと言われている進学校だった。その進学校から下のレベルになると、いわゆる平均的な偏差値の高校となる。
進路を決める中学2年生の三者面談。私の成績は悪いわけではなかったが、希望の進学校に行くには相当頑張らないと合格しないと言われていた。賭けになるからやめておけと、先生と両親に何度も進路変更を求められた。
でも、ガチャピンを目指していた私に進学校以外の選択肢はなかった。1番の進学校に行けなくても、せめて2番目には合格しなければ。私のガチャピンになりたいという思いはとても強かったのだ。
死ぬ気で頑張って、無理だと言われていた進学校に無事合格。しかし、晴れてその高校の制服を着て意気揚々と入った高校生活は、ガチャピンからかけ離れて行くものだった。
無理をして入った進学校の勉強について行くのはとても大変だった。私の周りには出来る人ばかり。皆ガチャピンみたいに思えた。吹奏楽部に入り副部長になったが、自分よりも出来る部員の前に立つたびに自信がなくなり、日に日に惨めになっていく自分がいた。
それでも私の中に空っぽの希望だけは残っていて、「今から挽回出来る!」と、人よりも長く部室に残り練習に励んだ。でも、部活に打ち込めば打ち込むほど成績は悪くなり、私は勉強面でも落ちぶれる一方だった。
せめて部活だけはと、必死に憧れの先輩になるために皆が頼れる部長を保ち続けた。というより、あの時の自分をいうなら「演じていた」と言った方が合っているかもしれない。
そんな状態が1年続き、気づけば80人をまとめる部長になっていた。私は、高校の中でも知られる人となった。
でも、その時から何か違和感を感じ始めていた。
「私、無理してないか」ってね。
その時からの私は、ブカブカの着ぐるみを着ているような感覚に陥っていった。サイズの合わない着ぐるみは動きにくくて、視界も悪かった。自分というものを偽り、周りの皆に愛嬌を振りまいていることが急にバカバカしくなった。
そこでその気持ちがピークに達した時、私は泣きながらガチャピンでいることをやめることにした。そう、私は長いこと着ていたガチャピンの着ぐるみを脱いだのだ。
本当の私は人前に立つことが嫌いだった。人に認めてもらいたい気持ちは強かったが、それは決して目立ちたいということではなかった。ガチャピンの何でも出来る器用さが羨ましくてずっと近付こうとしてきたが、いつしかその理想像は自分を苦しめるただのプライドと意地に変わっていた。
鏡に映った私は、着ぐるみの重さから解放されて嬉そうだった。そして、ぐちゃぐちゃになった顔で笑っていた。着ぐるみはもう必要ない。スーパーウーマンでいる必要も、万人から愛される人気者である必要もないのだ。
「私は私らしく生きて行こう」
その日の私は、テレビでガチャピンを見ていた子供の頃のように、「私」そのものに戻ることがやっと出来たのである。
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