宮城県民にもあまり知られていない、不思議な沼
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:鈴木ゆかこ(ライティング・ゼミ朝コース)
ある日、SNSで流れてきた一枚の写真に釘付けになった。温泉街とこけしで有名な宮城県の鳴子から、車で10分ほど行った山の中にある潟沼(かたぬま)の風景写真だ。潟沼という名前だけ聞くと、水が濁った渋い沼地をイメージしてしまうが、その写真に収められた潟沼は、南国のリゾート地の海と見間違えるほどの鮮やかなエメラルドグリーンの湖だった。
「仙台からそんなに遠くない。近場にこんなところがあるなんて」
猛烈に行ってみたい衝動に駆られた。
潟沼は、火山の噴火によりできた強酸性のカルデラ湖で、硫黄成分の影響で湖面がその時々に見せる色を変えるという不思議な湖だ。季節や天気で、まったく違う景色を見ることができるらしい。
潟沼について調べれば調べるほど、その不思議な湖面を実際に見てみたい気持ちが膨らんでいく。
「ここに、どうしても行きたい!」
すぐさま、夫に訴えた。
行くなら絶対晴れている日だと思った。私が見たいのは、南国リゾートみたいなエメラルドグリーンの湖面だ。晴れている日に行かなければ意味がない。初めて潟沼の写真を見たあの日から3カ月ほど経ち、ついに潟沼への熱い思いを叶える日がやってきたのだ。
出発時はあいにくの曇天で、私は肩を落とした。潟沼を堪能するためには、天気が命運を分けるからだ。あんなに楽しみにしていた潟沼観光なのに、ただの湖を見て帰ることになるのだろうか……。
「晴れる、晴れる、晴れる」
道中、車の助手席から灰色の空を見つめながら、何度も何度も力強く念を込めた。果たして私の想いは空に届くのか。
すると、高速を降りて鳴子方面に向かう一本道の途中で、雲が徐々に流れ始め、太陽がギラギラと照りだした。
晴れた、やった! わくわくが止まらない。
鳴子温泉の少し手前から、山道をぐんぐん登っていく。車がすれ違うことができない細い道は、両脇からせり出した枝に生い茂った葉が、緑のトンネルを作っている。時おり、葉の合間を縫って指しこむ太陽が眩しい。まるで映画のワンシーンのように、この緑のトンネルが人に知られていない秘密の花園に続いているような雰囲気を醸し出していた。この道の先に何かが待っている。潟沼への期待に拍車がかかる。
「硫黄の臭いがする。もうすぐじゃない?」
どこからか硫黄の臭いが風に運ばれて来た。湖が近づいてきている証拠だ。楽しみで仕方がない気持ちが、胸いっぱいに広がる。すると、視界が一気に開け、目の前に太陽の光を浴びたエメラルドグリーンの湖が広がっていた。
「わー、すごい! もっとつまらないところかと思ってた!」
ママが行きたいというから仕方なく付いてきた子供たちも、思わず感嘆の声を漏らした。
木々のこんもりとした緑に縁どられた幻想的な色合いの湖。潟沼は、インスタ映え間違いない観光名所だった。しかし、こんなに素晴らしい景色を堪能できるというのに、観光客がそれほど多くないことに驚いた。
先客は、ボードに乗ってパドルで漕いで水面移動をするSUP(サップ)を楽しむ人や、ドローンを飛ばして空中撮影をしている人たちだった。
「ボート、時間無制限だって」
車の脇でたばこを吸っていた夫が、湖のほとりに一軒だけ立っている平屋のひなびたレストハウスの方を見て言った。そこには手書きで「貸しボート 600円 時間無制限」と書かれた張り紙があった。安い、すぎる! 上野公園の不忍の池の貸しボートは、30分で600円だ。時間無制限だなんて、乗るしかない。
「せっかくだし、乗ろうよ!」
ボート乗り場で不思議なものを目にした。湖の淵の湖水は透明なのに、ところどころに黄色い水が漂っている。それはまるでバスクリンかレモン色の絵の具を水に溶かしたような、ちょっと毒々しい色をしていた。遠目から見ると湖全体がグリーンに見えたが、場所によってこんな風に色が違うなんて、なんとも奇妙だと思った。
ボートが湖の中心部に近づくにつれて、緑色がだんだん濃くなっていく。
「不思議ー! なんでこんなに緑なんだろう!」
右を見ても左を見てもエメラルドグリーンの湖の真ん中に、私たちはいる。なんともファンタジックな体験だ。さらに漕ぎ続けると、乳白色が混じったような色合いに変化した。
黄色、透明、エメラルドグリーン、乳白色が混ざった青。
一つの湖で、こんなに色の変化を見せてくれる湖がほかにあるだろうか。太陽の光の強弱、硫黄の濃度。この2つの要素のバランスで、湖面は日ごとに違う表情を見せてくれるのだろう。この色の移り変わりは、写真だけでは分からない。潟沼の本当の意味での美しさを知ることは、行ったものだけに与えられる特権だ。
夏のギラギラとした太陽の下でエメラルドグリーンに輝いていた湖面が、秋や冬の柔らかな日差しの中でどんな色合いを見せてくれるのか。一度行けば満足する観光名所が多い中、二度でも三度でも足を運びたくなる場所、それが潟沼だ。
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