メディアグランプリ

家長としての立場を考えさせられる時


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記事:浅野純也(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「隣のお父さん、死んだみたいだよ!」
 
ここ1週間、口を聞いてくれなかった中学生の長女が、私の部屋に入るなり、そう言い放った。テニスばかりしている私に対して、妻と一緒におかんむりであった。たった、1週間に1度だけなのだが……
 
「さっき、救急車が来て、心臓マッサージしてたもん」
 
朝6時、寝ぼけ気味の私に再び言った。そういえば、夢の中で、救急車のサイレンの音を聞いた気がする。夢ではなかったのか!
 
今の場所に引っ越して約1年であるが、隣のご主人とは、ほとんど話したことがない。時々、大きな体でのっしのっしと庭を歩いているのを、見かけるくらいであった。怖そうな顔であったが、心根はやさしいのではと思わせる印象だった。
 
娘が部屋から出て行ってしばらくすると、やはりこの1週間話をしてない妻が部屋に入ってきた。
 
「いつも私が言ってるように、健康に気をつけないと大変なんだよ」
「何が起こるかわからないんだからね」
「他の人は、こんなこと言ってくれないんだから」
 
きっと、隣のご主人のことで言ってるんだなとわかった。それでいきなり、説教である。朝っぱらから……
 
隣のご主人はまだ50代半ばくらいだと思う。それが急にあんなことになったので、妻なりに色々と考えたのであろう。私も、もうすぐ50歳だが、自分が早く死んだ時のことなど、考えたこともない。
 
数日前に、やはり50代前半の友人が、相続のことで弁護士に相談すると言っていた。
その時は、「今からは、早過ぎるんじゃないですか」と彼に言ったのだが、その日改めて必要なのかもと、考えさせられた。
 
先々月、父が他界したばかりである。
葬儀については、多少の実体験をしたので、少しわかりかけてきた。それ以外にもやる事があるようだが、まだよくわからない。
なのに、もう逆の立場のことも考えなければいけないのか! 頭の中で、猛スピードのジェットコースターが、くるくる回っているようである。少し呆然とした。
 
いや、かなりだ!
 
午後、車で出かけた時に、再び妻がその話を始めた。
 
「隣も引っ越して、そんなにたってないのに大変だね。家のローンとかもあるのに」
「普通、団体信用保険に入っているから、残された人たちは、支払いを免除されるんだよ」
「え~、そうなの!」
「……。何その驚きよう。まさか、うちのお父さんが死んでも、私たちはローンの支払いしなくていいんだと思って、ほっとした?」心の中で、私はつぶやいた。妻には、言えない。
 
もし私が、彼のように早く他界したら、どうなるのであろうと考えた。家は確かに残るが、生活はどうなるのであろう。保険? 貯金? 他には何がある? 何が必要なのであろうか?
 
子供は、いずれ巣立っていく。その後は、考えなくてもいいのであろうか? でも、子供が不都合なく生きるために、何を、どのようにしてあげればいいのであろうか?
 
妻は、普通にしてても、私より生きる。まだ先は長い。もし介護施設に入ると、それなりにお金がかかる。私の父も最後の数年は、施設と病院の費用が予想以上に大きかった。
 
母は、まだ生きている。これから施設に入るかもしれない。今、手元にあるだけで、足りるのであろうか? 私が、負担しないで大丈夫なのだろうか?
 
そう考えだすと、とめどなく色々なことが浮かんできた。本当に何が起こるかわからないから、友人のように弁護士に相談が必要なのかとも思った。
 
そんな私が思い悩んでいる時に、妻が静寂を破った。
 
「ちょっと、話聞いてないでしょう。いつも聞いてないよね!」
 
再び、現実に戻った。
ちょっと、カチンときたので、
「せっかく、死後のことを考えているのに、誰のためだと思ってるんだ!」と言った。
もちろん、心の中でだ。声に出しては言えない。
 
その後も、たまに考える。もし自分が今すぐに亡くなったら、後に残る者たちには、何をしてあげればいいのか。今すぐ答えが出るわけではないし、今すぐ何かをしなければいけない訳ではない。でも少しずつ考えて、何か行動に移す必要はあるのだと思う。
 
なぜなら、自分は家長だから、責任がある。
 
時々、妻と喧嘩した時など、心の中で「ふざけるな、離婚だ!」と叫ぶ。あくまで、心の中だけである。その手前までの言葉は、ぶつけることはあるが、そこで止める。
 
妻の厳しい言葉も、他の人だと言ってくれないだろう。妻は、私のためを思って言ってくれているのである。ちょっと、厳しいけど……。そう思うと、心が和らぐ。
 
隣のご主人の死が、いつも以上に妻の言葉について、冷静に考えさせる。
 
朝、家を出る時と帰る時に、隣の家を見る。いつもとの違いがよく見える。
普段は人がいないところに見える人の影、開けっ放しの車庫のシャッター、置かれている見慣れない車、初めて見る朝に水まきする奥さん。
それらを見ていると、せつなくなってくる。
 
それらを通して、自分の家族もそうなったらとも考える。またせつなくなり、何かしなければと思う。
 
なぜなら「私は家長だから」と、その度に考えさせられるからである。

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2018-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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