メディアグランプリ

正義の革命に、一つだけ欠けていたもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:射手座右聴き(ライティング・ゼミ朝ゼミコース)
 
 
ある日、会社で、同じ部署の中西さん(先輩の仮名)が激怒していた。
「奈々瀬さん(仮名)が、俺の書いたキャッチコピーで賞に応募したんだよ」
 
「ええええ」
 
「坂本(私の仮名)の書いたキャッチコピーも入ってるぞ」
 
「まじすか!」
 
奈々瀬さんは、当時の上司で、グループ長という役職だった。中西さんと自分は、彼の下で広告を制作していた。
 
できたばかりのグループには、不思議なルールがあった。
 
どこに行くにも一緒。どの仕事もみんなでやる。20代から40代まで7人のメンバーがぞろぞろと歩きながら移動するのは、少し異様だった。
 
「このチームが大事なんだ」
 
奈々瀬さんの口癖だった。
 
なのに、賞に応募するというのだ。部下の書いた仕事を、自分の名前で。
 
コピーライター業界には、個人名で応募する賞がある。90年代後半、その賞を取ることは、一人前と認識される意味があった。大げさに言うと落語の真打のような感じだった。
 
「でも、奈々瀬さん、自分の書いたものじゃないって、わかってるじゃないすか」
 
中西さんは、ため息まじりに答えた。
 
「もう、業界の重鎮に、応募作品を見せてるらしいんだ。だから、受賞すれば、奈々瀬さんの書いたものってことになるよ」
 
許せない。革命を起こすしかない。
 
本能がそう言った。
名誉のために言っておくが、重鎮の方に見せたから、受賞できるわけではない。でも、いままでの経緯もあり、無性に腹が立ってきた。
 
29歳の私は、一人で仕事をしたかった。他の同期は、一人でどんどん仕事をしていた。実績もあげていた。焦らないわけはなかった。人は人、自分は自分、と言い聞かせ、郷に従い、チームで動いていた。
 
そんな中、形になった自分の企画が、奈々瀬さんの名前で賞に応募されるという。さすがに嫌だった。が、相手は上司だ。
しかも、コンプライアンスという概念のない1990年代後半だ。
 
まともに文句を言っても、聞いてくれないだろう。とにかく口がたつ。プレゼンテーションで得意先に無理を通しているバブル世代のクリエイターだ。当初予算の倍額が必要だと言い張ったりすることもよくある百戦錬磨の人だ。
 
さらに、腕は私の2倍の太さ。毎週接待ゴルフで250ヤードを飛ばしている。体幹も侮れない。週末はサーフィン三昧。パドリングで鍛えている。冬は接待スノーボードに夢中なのだから。喧嘩になったら、勝ち目がない。
 
1対1で渡り合って、言い負かされるか、殴られるか。そうなれば、部署にも居づらくなるだろう。長いものに巻かれた方がいいのか。
 
いや、それも納得できない。これは、正義の革命だ。作戦をよく練ろう。
 
翌日、私は席に座り、時を待っていた。
腹も、セリフも決まった。
 
奈々瀬さんが席に戻ってきた。
 
「おかしいんじゃないですか」
 
大きな声で言った。
 
「なに?」
 
「俺らの企画で賞に応募するって、おかしいんじゃないですか」
 
さらに大きな声で言った。
横目で見ると、パーテーションの向こうから、何人もの顔が覗いている。
 
思い切り息を吸い、腹の底の底を意識して、喉を一番大きく開いた。
 
「俺らの企画を、自分の名前で賞に応募するのが、おかしいんじゃないかって、言ってるんですよ」
 
見物人は、パーテーションのこちら側まできた。
 
奈々瀬さんの黒い顔が、赤くなる。赤鬼か。
ムキムキの腕から、拳がゆっくりと上がってくる。
 
「なんだと、このやろう」
 
いい大人なのに、会社で殴られるのか。痛いのかな。痛いだろうなあ。
この後、ややこしくなるなあ。いろいろな思いが交錯した。
 
が、なぜか、拳はとんでこない。
代わりに、低い低いドスの効いた声がした。
 
「ゴルァ、やめろ、ちゃかもとー」
 
ぷっ。ぷぷぷぷぷぷぷ。
 
止めに入った大柄な河田さん(仮名)が、あろうことか、私の名前を、
かんだのだ。
奈々瀬さんの腕をがっちり抑えながら、ドスの効いた声で、かんだのだ。
 
あははははははははは。
野次馬のみなさんも爆笑している。
 
どははははははははは。
奈々瀬さんも笑っている。
 
私的正義の戦いは、思わぬ形でコントになった。
なんか、拍子抜けした。
 
「やめなさい」
さらに上の上司が、笑顔で登場し、幕を閉じた。
 
多くの目撃者がいたこともあり、応募は中止になった。
私と奈々瀬さんの関係も歩み寄りがあった。
 
が、私は少し恥ずかしかった。
大きな声で周りを巻き込むCM生放送みたいな作戦は、
狙い通りだった。しかし、正義の革命には、一つだけ
欠けているものがあった。
 
それは、笑えるオチだった。
 
図らずも、河田さんが、真顔でかんでくれたことで救われた。
後戻りできない雰囲気を、なかったことにしてくれた。
 
正論と思う時ほど、相手を追い詰めない。自分も余裕を持つ。
あの時の笑いから学んだ。
 
「やめろよ、ちゃかもとーって、あの場で良くかんだよな」
 
20年近く経った今でも、笑い話として話されている。
古いCMのくだらないオチを懐かしむような顔で。

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2018-08-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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