「ありのままでいい」は嘘か、本当か
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:ニシモトユキ(ライティング・ゼミ朝コース)
数年前、「ありのままで」という言葉が流行語大賞に選ばれた。
あの年、何度も繰り返し耳にしたディズニー映画の主題歌。
「ありのままでいい」
私は、その真逆の人生を歩んできた。
大学受験を控えた高校3年生の頃から、私の無理は始まっていたように思う。
「少しは休んだほうがいいんじゃない?」
心配して声をかける母親の言葉は耳に入らなかった。
毎日、自分が勉強した時間を記録、6時間より短いと不安で仕方なかった。
どんなに効率が落ちても、無理やり6時間を守り続けた。
ちょっとでもゆるんだら、何ひとつ頑張れない自分になってしまうような気がして怖かったから。
合格発表の日。
ある意味で、必然だったのだと思う。
私の番号はなかった。
「どうするの? 浪人する?」
親にそう聞かれたけれど、唯一受かっていた私大に進学することにした。
浪人するエネルギーなんて、残っていなかった。
ありのままでいることの怖さは、大学に行っても、大学院に進学しても続いた。
卒論、修論、資格試験、博論……と課題の難易度は上がり、自分のキャパシティをとっくに超えていたけれど、それより恐怖が勝っていた。
ダメになってしまうかもしれない自分、もとい、本当はダメな自分を受け容れるなんて、私には出来なかった。
「お客さま、ご注文は何になさいますか?」
「えっと……その……」
遂に、昼食のために入ったマクドナルドで、何を食べたいか分からなくなった。
振り返ってみれば、あのときが「人生で一番、メンタルがヤバイ」ときだった。
それでも最後の力を振り絞って、なんとか大学院を卒業。
就職した私にやってきたのは、もう1滴もエネルギーの湧かない、絞り尽くされた絞りかすのような時間だった。
何をするにも気力が湧かない。
朝は起きられない。
少し動くと息切れがして、だるくて仕方ない。
自分に備わっていたエネルギーを使い果たしてしまったのだ。
新社会人失格。
明らかだった。
「それでもいいんじゃない」と言う人が現れた。
同期の今井さんだった。
全否定ならぬ全肯定。
「いいよ、いいよ」と。
正直、とても、居心地が悪かった。
いっそのこと、「ダメじゃん、何やってんの?!」、「やる気あんの?」と責められたほうがずっと気が楽だった。
それまで、自分で自分にそうしていたみたいに。
でも、今井さんは、「いいよ、そういうときもあるよ」、「疲れちゃったんじゃない」と私のことを肯定し続けた。
私に出来なかった、「ありのままの私を受け容れる」ことをやってのけたのだ。
ダメな私も含めて丸ごと。
居心地の悪い日々が続いた。
それから1年。
「なんか最近、めまいがするんだよね」
今井さんは、脳幹梗塞を起こして入院した。
32歳という若さで。
呼吸を司る場所で危険な状態だったけれど、幸い、一命はとりとめ、身体的な障害も残らなかった。
けれど、右半身の感覚が分からなくなった。
「どうしよう。一生戻らないかもしれない」
相変わらず気力のない私だったけれど、お見舞いに行くのには、自然とエネルギーが湧いた。
そしてまるで、今井さんのようなセリフを口にしていた。
「大丈夫、大丈夫、きっと良くなるから」
「今のままでもいいよ、そのままでも大丈夫」
一見、相反するような言葉が、自然と私の口をついて出た。
不思議だけれど、今井さんの体に元のように感覚が戻ることを当然のように信じられたし、一方で、そのまま感覚が戻らなかったとしても、何も心配はいらない、大丈夫だと信じられた。
自分に対してではなかったけれど、生まれて初めて、「ありのままでいい」と思えた瞬間だった。
そして、気づいた。
「ありのままでいい」のからくりに。
一見とても、耳障りのいい言葉だ。
「ダメな自分でもいい」
そう言っているように聞こえる。
少なくとも、私はそう誤解していた。
でも、その手前に大きな違いがあったのだ。
私は、「ありのままの自分でいい」を、ダメな自分でいい、ダメでもしょうがない、そんな意味に捉えていた。
一度それを許してしまったら、苦しいことには耐えられなくなり、投げやりで自暴自棄な自分になってしまうんじゃないか、という恐怖。
どこか、ダメな自分を見放すような、自分が変わるなんて到底無理だと、結論づけてしまうような、そんな気がしていた。
でも、今井さんの「ありのままのあなたでいい」は違った。
見放す、なんていうのとは180度違って、人間そのものを信頼したうえで、ダメなところも受け容れる。
勇気と強さがないと言えない「ありのままでいい」だった。
「本当に、2人は最強のコンビですよね」
今井さんの右半身の感覚は、結局戻らなかったけれど、社会復帰した今井さんと私は、上司にそう言われるまでの成果をあげるようになった。
今井さんが、ダメな私を見放さず、本当の意味で、「ありのままの私」を受け容れてくれたから。
そのおかげで自分でも、「ありのままの自分」を信じられるようになったから。
耳障りの良い、「ありのままでいい」にはご注意を。
「ダメでもいい」と甘く囁くようで、私たちを見放す言葉かもしれない。
本物の「ありのままでいい」は、私たちが歩みたいと思っている人生につながっている、忍耐強く、勇気のいる言葉だから。
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