身近な尾畠さんを讃えます
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:渡辺ことり(ライティング・ゼミ平日コース)
80歳になる私の父は、多数のボランティアに関わっている。
10を超える団体に所属し、そのうちのいくつかは会長を務めている。
父には聴覚障害があり、人の声が聞き取りにくい。
そのせいで誰かにご迷惑をかけるのではと、母は心配し、何度も父にボランティアからのリタイアを迫っている。
父の所属する団体のいくつかは、高いところに登ったり、遠出したりとアクティブだ。障害をさておいたとしても、高齢者には確かにきつそうである。
しかし、本人が好きでやっているなら、仕方ない、と私は思っていた。
そんな私が意見を変えたのは、あることを母から聞いたからだ。
「3年間だけ会長になってください。後任は見つけなくても大丈夫ですから」
前任者にそう言われ、父は本当に後任を探さないまま、ある地域の団体で会長としての3年間を過ごした。
任期終了を祝う酒宴の席で、次の会長が決まっていないと知った会員たちは、無責任だと激怒したらしい。
父は泣きながらみんなに謝り、お詫びにと全員分の酒宴代金を支払い、翌日から後任探しに奔走したのだという。
その話を聞いたとき、私は憤りを隠せなかった。
確かに曖昧な口約束を鵜呑みにして、動かなかった父は、愚かだったかもしれない。
しかし3年間、一生懸命地域のために頑張ったはずだ。
それなのにそれを労うこともなく、責め立てるなんて。
父のために設けられたはずの酒宴が、謝罪の場になるなんて、どれほど惨めだったろう。
受け身な人達は、とことん受け身な上に、やってもらって当然という横柄な態度を取る場合が多い。
そのくせ、誰かが失敗すれば、容赦ない。
私も子供会の会長時代、「もっとちゃんとやりなさいよ」とメンバーに言われ、自分だけ損しているような気分になり、しばらく投げやりな態度で過ごしたことがある。父の場合、それとは比べ物にならないほど、ひどい仕打ちだ、と私は感じた。
さすがに父も懲りただろう。
金輪際、ボランティアの世界からは足を洗うはずだ。
しかし、そんな私の予想は、見事に外れた。
父はすぐに立ち直り、黙々と新たな活動を始めた。
私には父の気持ちがさっぱりわからなかった。
どうしてそこまでして、人のために頑張るのだろう。
ありがとうも言ってもらえないのに。誰からも褒められないのに。私や、母など、身近にいる家族にすら、認めてもらえていないのに。
そんなある日、私は近所の路上で軽トラに乗った父を見かけた。
荷台にはパンパンに膨らんだ、土っぽい色のビニール袋が山盛りになっている。
軽トラは小学校に入っていった。
私も運転中だったため、声をかけないまま、その場は過ぎた。
しかしどうしても気になって、後から父に、何をしていたのか聞いてみた。
ビニール袋の中身は堆肥だと、父は教えてくれた。
山から拾い集めてきた落ち葉を、ダンボールの中に入れ、何やら面倒な作業を繰り返すと、肥料ができあがるらしい。
それを市内の小中学校の花壇にまいて回るという行為を、父は10年間黙々と続けてきたのだと言う。
堆肥だなんて、作るのも大変なら、配るのも大変だ。
花壇の土になじませるだけでも、80歳の父には重労働だろう。
しかし父は嬉々としてそれをやっている。誰に指図されたわけでもなく。手順も全部自分で考えている。
父の頭の中にはアイデアの泉があるに違いない。
だって普通思いつかないもの。そういうこと。
こういうのを、才能って言うんじゃないかな。
父はきっと、ボランティアの才能を持っている。
そう思った瞬間、霧が晴れたかのように、父に対して抱いていたモヤモヤした気分が解消されて行った。
分からない分からないと首をかしげていた父の気持ちが、オセロの色がバタバタと変わっていくみたいに、100%理解できる。
アイデアが湧き出るのなら、やるしかないよね。うん。わかる。
誰かのために動くこと。それをやめてしまったら、父は父でなくなってしまう。
頭の中に湧き出すアイデアの水が、行き場を失って腐ってしまう。
そんな気持ち、私にもあるんだ。書くことがそう。
頭の中に文字が次から次へと浮かんでくる。だったら書くよね。たとえけなされても、そんなの、全然関係ないよね。
さて、この夏、日本に78歳のスーパーヒーローが現れた。
行方不明だった2歳児を救出し、メディアの寵児となった尾畠春夫さんである。
ボランティアに専念する生き方の理由について、尾畠さんはあっさり、「社会への恩返し」と語る。
なんてかっこいいんだろう。
ジャッキー・チェンの映画でも、漫画ドラゴンボールでも、若者を助けるのはスキルの高いスーパーじいちゃんだ。
尾畠さんは物語に出てくる、メンターそのもの。
こういう人を待っていた、と日本中が快哉を叫んだのも無理はない。
尾畠さんにもきっと、アイデアの泉があって、心の声に従っているのだろう。
高潔な志を持つ高齢者が、この国にはきっとたくさんいる。
父を「褒められもしないのに」なんて冷めた目で見ていた、俗っぽい自分を私は恥じた。
しかし、それでも私はまだ、与えることの好きな人が、うんと褒められる世の中であってほしい、と、思ってしまう。
だから、尾畠さんへの称賛が自分のことみたいに嬉しいのだ。
私も、身近なヒーローに伝えてみよう。
「父さん、すごいね! 頑張ってるね」って。
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