それは誰のための、仕事だったのか
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記事:藤牧誠(ライティング・ゼミ平日コース)
「A子さんのオムツ交換するとき、体を動かすと痛みがあって、つらそうなんですけど……」 施設の介護スタッフが、リハビリを担当している私に質問してきた。
「A子さんはターミナルだから、もう何もしなくっていいと、施設長から言われてるんだ」 「ターミナルで君の出来ることは何もないから」 ってね。
施設長から一方的に言われたときに、無力感ではなく、「はぁ?」 と軽く「なんで?」 と思い怒りを感じた。「まだ出来ることは他にもある」 と。そのときは施設長に自分の意見を言っても、絶対にわかってもらえる雰囲気ではなかった。
今、助けを求めている介護スタッフの言葉を、私は無視するなんて出来ない。
必要としてくれている言葉と思いは嬉しいことだ。そんな嬉しい感情も顔には出さず、口では「施設長が~」 と、渋ってみた。心の中では「何とか協力できないか」 と考えていた。「いいよ、手伝うよ」 と素直に言えない、勿体ぶっている自分がいる。手伝う気がまんまん。ややこしい性格だなとつくづく思った。
そうと決まれば行動は早く、すぐA子さんの部屋に行き、体の状態を見るとスタッフの言っていることがわかった。
「これは酷いよ」 思わず口走ってしまった。幸いにもA子さんは寝ていた。
A子さんは認知症で末期ガン、余命数週間。体じゅうに浮腫があり、特に腕や足がひどく目立つ。
それはもう、針で皮膚を一刺ししたら、まるで風船が「パーン!」 と、はじけてしまいそうな感じの皮膚の状態だった。
それでも、なにかしなければA子さんの痛みは変わらないし、オムツを交換する度に、痛がる情景が目に浮かんだ。
まずは足先から皮膚を傷つけないように、そっと手を添え、圧をゆっくりとかけてみた。痛がらないので、手を添える場所を少し変え、再び圧をかける。それを繰り返し両足、両腕にゆっくりとしてみた。すると浮腫は少しとれてきた。「また後で来ます」 と通常の仕事へ戻った。帰宅前に再びA子さんの部屋に訪れ、先ほどと同様に両手、両足におこなった。
翌日も出勤してすぐ部屋に行くと、A子さんは起きており「今日も手と足を軽くしますね」 と声をかけ、そっと両手で包み込み、ゆっくり圧をかけた。「気持ちええなぁ、おおきに」 笑顔とともに感謝の言葉。本当は体が痛くて、それどころではないのに、笑顔まで見せてくれたことに嬉しくなった私もA子さんに「ありがとう」 と、言葉をかえした。A子さんは更に、顔がシワシワになった。
「また夕方に来ますね」 と声をかけて、いつもの仕事へ戻った。
そんなやりとりが2、3日続いたあと、「最近A子さん、オムツ交換のとき、痛がらなくなりましたよ!」 介護スタッフから良い報告もあり、気分はよかった。もうその頃には、施設長から言われたことはどうでもよくなっていた。
それから1週間後、朝礼で施設長が、「昨夜A子さんは様態が急変して、お亡くなりになりました」 急な話だったので、「えっ?」 となり軽く混乱した。朝礼が終わると直ぐにA子さんの部屋の前に行った。もうA子さんの姿はなく、「葬儀屋さんが早朝に来て、運ばれていきましたよ」 と介護スタッフから話があった。私はA子さんの部屋の前で軽く合掌し、「ありがとうございました」 と心の中でつぶやいた。
もっと力になりたかったのに、無力な自分が虚しかった。もう少し力があれば。
施設長の言う通りに、何もしなければ良かったのか、止めておけばよかったのか。でもきっと後悔すると思う。あの時、やっていれば良かったなと。
やっていても後悔している。もっと出来ることがあったのではないか、回数を多くしたら良かったのかなどと、「何かしてあげよう」 と、思いばかりで焦っていた。
結局、やっても、やらなくても、どうせどっちでも後悔するなら、出来ることをやって後悔したい。指をくわえて見ているより、誰に何を言われても、自分の気持ちに素直でありたい。もしあの時は、あっちの方を選択していたら、もしこっちを選択していたらと、タラレバ論を考えていても仕方がないことである。その時の選択に、最大限努力をすることが出来たのだから。
この体験は私にとって、何かを変えてもらえた体験である。あのA子さんの「おおきに」 という言葉は、認めてもらえた印しでもあり、背中を後押しされた感じでもある。対人援助職についている私にとって、これからも必要な体験だったと。
そして、この対人援助の仕事をしていると、何もできない自分や、無力であることにつらくなる時もある。無力であることが悪いのではなく、「無力である自分」 「無力でもいいんだよ」 と、いうことを今のところはまだ、受け入れられない。小さな成功を、素直によろこべるようになるには。
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