メディアグランプリ

来る日も来る日も「人」の字を飲み込んだ私が、今になって分かったこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:濱田 綾(ライティング・ゼミ平日コース)
 
折に触れて思い出す人がいる。
迷ったとき、落ち込んだとき。
その言葉を何度も頭の中で繰り返し、力をもらう。
そこには愛があったんだなと、今実感している。
 

もう、十数年前の話。
入職し配属されたのは、同期の中でもある意味、恐れられていた部署。
あそこは厳しい先輩がいっぱいいるよ。
先輩なんて、1年間はずっと泣いていたんだって。
噂には、尾びれ背びれがついていた。
覚悟の弱い新人が、びくびくするには、充分な威力だった。
同期と顔を見合わせ、まるで敵陣にのり込むかのような緊張に包まれた初日の朝。
配属先の階でエレベーターを降り、何度も手のひらに「人」の字を書いて飲み込んだ。
 

部署の中には、ひときわ背筋が伸びるような空気感を持つ、上司がいた。
目は笑っているけれど、何だか厳しそうだ。私の中のセンサーが反応した。
そして、そのセンサーが間違いではなかったと気づく日々が、始まった。
 

「あのね。新人の仕事は、いかに先輩の仕事がスムーズにいくようにするか。そうやって動くことなの。先輩にやらせない。今のあなたたちだけで出来る仕事なんて、多くないんだから」
 

「それでも、お給料をもらっている。給料泥棒にならない様にしなさい。制服を着て働いている時点で、新人もベテランも関係ない。言い訳は許されない。プロとしてのプライドを持ちなさい」
 

自分に何か出来るとは思ってはいなかったが、それでも当時はこたえた。
知識や準備が足りないと思い、持ち帰り準備する。
それでも足りない。痛いところを突かれる。
こんなに準備してきたのに、その仕事すら任せてもらえない。
ミスがミスを呼ぶ。もともと少なかった自信が、さらに減っていく。
くやしさと自分の不甲斐なさとで、つい自分の外に言い訳を探す。
 

そんなこと言ったって、忙しいんだし。ちゃんと教えてもらっていないのに!
大体、フォローしてくれるのが先輩なんじゃないのか。
経験値が違うでしょ。そりゃ、先輩は出来て当たり前だよ。
何で新人だけが、そんな厳しい事ばっかり言われなくちゃいけないの。
言い方っていうものも、あるんじゃないの。
1年目にしたら、私だって頑張っているのに。
思い返すと、なんて傲慢だったんだろうと、恥ずかしさしかないけれど。
でも、あの頃は本当にそう思っていた。
 

それでも、その上司はメッセージを送りつづけてくれた。
「私語をしている暇があったら、次に何ができるか考える!」
「メモを取っただけで満足していない? そのメモ見返して分かる? メモは単なる記録。 記憶として、自分の中に落とし込むまでは、きれいにまとめ直しなさい」
「どんなことがあっても、制服を着ている以上は、プロとしての自覚を持ちなさい。鏡を見る。自分がどんな顔で働いているか、チェックする習慣をつけなさい」
 

それはもう、ほぼ毎日に近いほど。
今日は何を言われるんだろう。緊張は続く。
びくびくもする。厳しい。背筋が伸びすぎて、腰に響く。
毎日、毎日「人」の字を飲み込んだ。
 

でも、少しづつ環境に慣れてきたせいだろうか。
上司に対する思いが、少し変化してきた。
それまでは、なるべく視界に入らない様に、こそっとしていたけれど。
指導をされるとき以外にも、上司のことをよく見るようになった。
それはもう、よく動いている。人を動かしている。よく見ているのだ。
仕事は早い。決断も早い。そして理論的で、多方面からの視野の広い考え方。
まさに、仕事の出来る人だった。まぎれもなくプロだった。
 

そして、1年が経とうとしている頃。またメッセージをもらった。
その時は、いつものように指導されるという雰囲気でもなく。
温かさも感じられるようで、少し拍子抜けしたのを覚えている。
 

「女性が働き続けるということは、なかなか厳しい。時間の経過とともに、仕事はできるようになるけれど、どんな風に仕事を続けていくのかを考えなさい。スペシャリストになるのか、管理者となるのか、違う道に行くのか。先を考えて働くのと、ただ時間が経過するのでは違いが出てくるから。どんな時でも考える事を忘れずに、仕事を続けていくのよ」
 

後輩がやってくる立場になったからだろうか。
その日を境に、あの毎日のメッセージは終わってしまった。

 

あれから時間が経過し、立場も求められることも変化した。
あの頃の私には分からなかったけれど、人に何かを伝えるって、実はしんどい。
ましてや指摘したり、マイナスのことを伝えるのは、さらにエネルギーがいる。
そして、相手が同じものさしを持っているとも限らない。
受け取ってもらえるかどうかも分からない。
自分で片付けてしまったり、やんわりと濁すほうが波風立たないこともある。
そのほうが、自分も楽だと思ってしまいそうな時もある。
強い思いと覚悟がないと、伝えることは難しい。
 

そう、あのメッセージには愛があった。
メッセージの数だけ、それだけ見てくれていたということ。
そして、プロとして築いてきた心持ちを、惜しげもなく伝えてくれていたんだ。
 

自分の仕事をしながら、人のことを見るには、どれほどの技量がいるんだろう。
自分がどう思われるなんて超えて。
その人の先を見据えて送るメッセージには、どれほどの愛情があるんだろう。
そして、自分に求められていることを理解して、その役割を担うには、どれほどの覚悟があるんだろう。
 

今の私は、まだ覚悟が固まり切っていない。
こんなことを伝えたら、自分がどう思われるんだろう。
そんな気持ちがぬぐい切れないときが、まだある。
役割への覚悟が、落とし切れていない自分がいる。
でも、そんな時にいつも思い出す。
毎日、毎日のあのメッセージを。
飲み込んだ「人」の数だけの愛情があったことを。
あの頃は、まるで気付けなかった。
そう、私は、本当に幸せな新人時代を過ごしたんだ。
 

いつまでも、支えてもらう立場ではいられない。
時には、叱ってほしいと懐かしんでしまう事もある。
でも、迷いながらも進むしかない。
先輩のプライドとして、もらったものをつないでいけるように。
今度は私が、この職場を、そこには愛があったと思える場所にするために。
 

来る日も、来る日も飲み込んだ「人」
力をもらえるようで、今でもここぞという時には、飲み込み続けている。
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2018-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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