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話にオチをつけなくちゃ。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:原三由紀(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「やばい、話にオチをつけなくちゃ」
 
私は大学生になってできた友人と話すたびに、すごく焦っていた。
 
東京生まれの東京育ちの私。
おっとりした母親に育てられ、2人姉妹の末っ子として、のんびりと育ってきた。
 
もともとそんなにおしゃべりな方でもなく、小さな頃は特に人見知りで引っ込み思案で、どちらかと言えば話すのは苦手。聞く方が得意。
人の話をふんふんうなずきながら、ニコニコ聞いているタイプだった。
家族や東京出身の友人といるにはそれで十分。そう、高校生までは。
 
高校と大学の大きな違いといえば、東京以外の地方出身者がたくさんいる、ということ。私がまず大学1年生で仲良くなったのは、同じクラスの女の子3人。
京都出身で華やかなAちゃん、徳島出身で個性的なBちゃん、茨城出身で超マシンガントークのCちゃん。授業の合間には、いつも学食に集まって女子トークを繰り広げていた。
 
私にとっては、東京出身者以外の友人ができたのはこのときが初めてだった。
衝撃だったのは、ボケて、ツッコみ、茶化しあうトークスキルの高さ。全員が必ず自分の話の最後にオチをつけて、おもしろおかしく会話を終わらせていた。
 
西日本の色合いの濃いメンバーのなかに、なぜか私一人のんびり関東人。
心の中は大混乱だった。
 
な、な、なぜみんなこんなにおもしろいの?
会話って、あったことをあった通りに話すだけじゃ足りないのか?
 
3人の話に大爆笑しながらも、いつもそんなことを考えて、自分に話が振られるとドキドキしていた。
私みんなみたいに、おもしろくなんて話せないし!!!
 
それまで自分の周りにいた友人との差に、私は尋常でないカルチャーショックを受けていた。
 
会話にスキルやテクニックがあるなんて知らなかった。
こんなにも相手を楽しませなきゃいけないものだったなんて!
 
その友人たちは、「すべてはネタづくり」みたいな感覚の持ち主で、どんな経験でも笑いに変えられればオールOK! という感じだった。
女子大生としては、合コンの誘いなんかもたくさんあったのだけれど、正直言って、参加の目的は彼氏をつくるため、というよりネタづくりのため、という色合いの方が滅法強かった。
 
今となると若さゆえ、恐ろしいけれど、女子4人のネタづくりノートみたいのをみんなでまわしてつけていて、合コンで出会った男の子のこと、飲み会での失態、男の子とデートに行ったこと、どうでもいいけど笑える話(主に恋愛がらみ)、を常にみんなで共有していた。
 
ああ、なんとなく懺悔。
あの時代関わったすべての人にごめんなさい。
 
たとえへこむようなことがあっても、それを自虐的に語って、全部笑いに変えてしまっていた。たくましく、そしてサービス精神の塊のようなメンバーだった。
 
彼女たちとの付き合いは、私にとっては新鮮で刺激的。ドキドキしながらも私はとても楽しくて、みんなのおもしろさに追いつきたくて必死だった。
気づけばどんどん感化されていって、とりあえずどんな話もなんとか笑える話にして終わらせよう、と考えるのは私の癖になった。
 
そして、これは今でも私の血肉となっている。人と話すときはなんらかのおもしろいオチをつけて話そう、とするのは癖のように身体に沁みついている。
なにもないときは、そうだ、必殺技の自虐ネタを放り込もうじゃないか。
 
自分の性格や性質が変わった、と思う転機は人生において何回かあるけれど、私にとってはこの大学生のときに受けたカルチャーショックが、人との会話、コミュニケーション上の自分の姿勢を決定づける大きな転機となったことは間違いない。
 
引っ込み思案でいつも聞き役だった私も、口を開くときにはおもしろおかしく話ができるようにと、少なくとも努力を欠かさないようになった。
 
会話は相手を楽しませてナンボ。
コミュニケーションはサービス精神の表現の場。
 
誰に説教臭く教わったわけでもないけれど、彼女たちが私を楽しませてくれたことで私は勝手にたくさんのことを学んだ。そしてへたくそながら実践を繰り返した。
 
その友人たちとは、時を経て疎遠になってしまい、今は会うこともなくなってしまった。
でも、あのとき彼女たちと仲良くなり、そのサービス精神に触れ、自分を変えたことは、今の私の根幹を形づくる大きな要素になっている。
 
高校生まで私は東京でずっと地元の公立に通っていた。
学力も同じくらい、地元が一緒だからなんとなく似た考え方を持っていて、経済力もある程度似ている。
 
似た人間ばかりの狭い世界、それはそれでとても居心地がよく、会話も合いやすい。仲良くなりやすいし、相手の気持ちも分かりやすい。たしかに楽ではあるけれど、それは逆に言えば、大きな変化のきっかけにはなりにくい。
 
同じ日本とはいえ、東と西では大きく違う。異文化に触れ、受ける刺激はそれまでの私の価値観を大きく揺さぶった。それまでの常識を爽快にぶっ壊してくれる機会になった。
自分がそれまで信じていた「当たり前」が「当たり前」でないことを知り、超えるきっかけになった。
 
大人になると、人は自分の常識に、より強く縛られるようになる。
若い頃より、はるかに大きな世界と接点をもちながら、それでも自分の「当たり前」を基準にしか世界を見なくなる。広くなったはずの世界はむしろ狭くなり、変化を好まなくなる。
 
今回この経験を回想し、私もいつの間にか自分では気づかないうちに、常識や自分の「当たり前」にとらわれていることに気づき、ハッとした。
 
最近心の底から、衝撃を感じるほどのカルチャーショックがあっただろうか。
相手と自分の“違い”を言い訳にして、自分の変化を拒絶してはいなかっただろうか。
 
きっと心のありよう次第で、人はいつでも、誰からでも、なにからでも、学びとれる。
今いる世界は決して「当たり前」ではない。
自分の知らないことがこの世界にはたくさんあるからこそ、日本を、世界を、異文化を知り、無知な自分を見つめることをやめてはいけない。
 
友人たちのトークスキルに驚き、自分に素直に取り入れようとしたように。
いい年していつまでも自分の未熟さに「やばい」と焦れる私でいたい。
 
 
 
「やばい、文章のオチが見つからない……」
ちなみに今そう焦っているのは、ここだけの話にしておこう。
 
≪終わり≫
***

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2018-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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