シニアの謎
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:森脇 千晴(ライティング・ゼミ平日コース)
「何これ!? めっちゃ落ち着く!!」
私達は座敷のある個室にいた。
「久々に飲みませんか? まあ、急ですが」と食事の誘いを受けた。
還暦が近い、以前の職場の大先輩からである。
「メンバーは誰々と誰々で……」
社会人になると時間通りに全員のメンバーが揃うことは稀だ。
この日も「誰々は来れなくなった」「誰々は遅れる」だの諸々の報告を受けてから、「まあ、先に始めておきましょ」と、その会は始まった。
最初に集まっていたのは私を含め4人。
私を除く3人のメンバーは60代目前。
還暦を過ぎた人もいる。
私にとって、お父さん・お母さんというには少し若い、そんなお三方に囲まれていた。
若い頃は、なんだかんだと同世代と飲むのが楽しかった。
けれど最近、知ってしまった。
このシニア目前世代と飲む楽しさを。
「何これ!? めっちゃ落ち着く!!」は、そんな人達に囲まれている私の心の声である。
こういうのを、年の功と言うのだろう。
まず、キャラクターの個性が、はっきりしている所がいい。
常に何かに怒っていて、反骨精神が強めな人。
菩薩のように落ち着いていて波風立てぬように……な人。
年齢のせいなのか何なのか、とにかく天然な人。
当たり前だが、それぞれに自分の意見、「持論」をお持ちだ。
もちろん、30代の私も、それなりに持論は持っているつもり。
だけど、その持論に頼りなさのようなものを感じることが多々ある。
そして、それを自分の言葉で表現するのも、私は決して上手ではない。
だから、はっきりと自分の考えを述べられる人が、ちょっと羨ましいのだ。
ジャッジメント抜きで人の持論を聞くって、とても面白い。
「飲み会も仕事のうちや!!」
事あるごとに、大先輩はこう言う。
シニア世代の持論は、その頑固さや強引さも含めて、なんだか愛おしく見えることがある。
「考え方が古い」とか「堅物」などと言われることもあるだろうが、堅物は堅物の味の良さがあるのだ。
そして、よくよく話を聞いてみると、「まあ任せておきなさい」という余裕な姿を見せつつも、実は後輩や部下に繊細な気遣いや接し方をされているのだなあと感心することも多い。
さて、「飲み会も仕事のうち」というシニア達と、ご一緒するとき、飲み物のオーダー係だけは積極的に行うようにしている。
ただし、お酌はしない。
自分の食べたいものは遠慮なく頼む。
「……??」というリアクションにもめげず、オチのない自分の話をする。
そんな私は「あんたー そんなんやからアカンねん!」と叱られ、「しょーがないねー」と慰められ、「沢山食べなー」と食べ物を与えられ、三者三様、孫のように扱われた。
「夏休みに田舎に遊びにきた孫」のように忙しくも楽しい時間。
過去にこんな心地よい飲み会があっただろうか!?
侮れん! シニア世代!
気が付くとシニア達を観察するようになった。
その魅力や謎は実に奥深い。
自分の父親(65歳)を見てもそうだ。
とにかく血の気の多い人だった。
眉間に皺が寄り、気難しそうな顔をしていた。
納得がいかないことには真正面から、ぶつかっていく。
見ず知らずの人と言い合っている姿も何度か見たことがある。
そんな父の顔が年々、別人のように変わっていった。
眉間に皺を寄せることはなくなり、鋭い目は垂れ下がり、「お地蔵さんみたい」と言われる程に穏やかな顔つきになったのである。
年齢を重ねていくと人はどこかで何かを悟るのだろうか。
がむしゃらに働いて、荒波に揉まれる……なんて、これからの時代はナンセンスなのかもしれない。
でも、なんだかシニア達を見ていると、やりきって、やりきって……のその後、どこかのタイミングで「お告げ」のようなものをもらっているのではなかろうかと疑ってしまうのだ。
だって人格が変わっている。
特に男性の場合はそれが顕著だ。
「馬鹿にされて、たまるか!」というスタンスから一転、老後の心配などを自虐的に話し、自ら進んで自分を下に見せてくるシニアもいる。
「負け上手」「流し上手」になるというか……。
1周まわると、新しい自分になるのだろうか。
それとも本来の自分に戻るのだろうか。
気が付けば、そんなシニア世代に私は大変救われている。
荒波に揉まれそうになったとき、彼らの、さりげないやり方に救われるのだ。
仕事中、ついバタバタと余裕がなくなるとき、ふと横を見れば、花の水やりをしている還暦を過ぎた大先輩。
「まあまあ、そんな焦らずに」
直接そう言われなくても、そんな姿を目にするだけで、少し緩む。
私がこんな風に思っているなんて、きっと本人は知る由もないだろう。
先日、女優の樹木希林さんが75歳で亡くなられた。
ワイドショーで流れていた数年前の彼女のインタビュー映像。
「今の自分を漢字1文字で表すとしたら何ですか?」
彼女が書いた漢字は「漏」だった。
「年を重ねてガタが来て、もう色々漏れてるって感じなのよ」
その色々漏れている所こそが、歳を重ねた方々の最大の魅力であり深みなのだと思う。
どうやったら、そんな色々漏れてくる生き方が出来るのかは謎である。
そんなことを模索しながら生きていくのもいいかもしれないなと思った。
≪終わり≫
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