メディアグランプリ

大阪弁とわたし


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記事:北川香里(ライティング・ゼミ平日コース)
 
ずいぶん前、わたしは夫と結婚した。てっきり関東人と思っていた彼から大阪出身だと打ち明けられたのは、付き合ってからだった。
 
へー、意外。全然話し方で関西人を感じさせない人もいるんだ。
 
横浜に住んでいた彼にすっかりだまされてしまっていた。だましたつもりもないだろうが。かたやわたしといえば、東京生まれ、東京育ち。23区、それも下町にしか住んだことのない根っからの東京人だ。
 
それでも他県に親戚はいる。遊びに行ったこともある。ただし、佐賀県、三重県、愛知県のみ。いわゆる関西圏だけは縁がなかった。
 
1週間、親戚の家に泊まっていると、そこの人たちが話すアクセントをおのずと学んでしまう。少なく
とも聞きなれてくる。2週間佐賀にいたあとは、帰るころ、口から方言が出て来そうになったものだ。帰る頃、というのがなんとも惜しいが、正にホームステイと同じ効果だ。
 
要するに、わたしにとって大阪弁はもっともなじみが薄い言葉だった。それでも問題はなかった。夫は標準語らしきものを話す。少なくともどこかの地方の言葉をにおわせるアクセントはない。そしてそれは家でも仕事でも徹底している。出張で大阪の取引先と打ち合わせしていても、決して大阪弁を口にせず、標準語で通すほどだ。
 
ただし、例外がある。彼がお母さんや兄弟と電話で話すときだ。自然と大阪にいた時の体の使い方がよみがえってくるのか、バリバリではないが、にわかに、そしてほのかに大阪弁が出てくる。
 
こんな人知らない!
 
そんな電話を目撃してしまった時、わたしはそういう気持ちになる。
 
さて、いよいよ婚約のあいさつ、という時、わたしは夫の実家を訪れた。新幹線を新大阪で降りれば、そこはもう大阪府。妹と大阪城を見たとき以来の大阪だ。
 
在来線にのれば、子どもがばりばりの大阪弁で話している。子どもだけではなく、おばちゃんもおっちゃんも、姉ちゃんも兄ちゃんも、ただの会話がすでに漫才だ。
 
ね、面白いでしょ?
 
わたしの心を読んだかのように、夫は大阪特有の事情を説明する。エスカレーターは右に立つ。とんかつにはとんかつソースをかける、などなど。
 
アメリカ、ヨーロッパ8か国、中国、香港、シンガポール。海外を何度も訪れたわたしにとって、もはや大阪は欧米以上の秘境だった。
 
なにより生で聞くことばの臨場感ははんぱなかった。テレビの中で芸人や落語家が話すのを訊くのとはまるで違う体験だった。
 
そして婚約のあいさつだ。その時のわたしは、大阪人のお母さん、夫の兄弟、その子どもたちの中に投げ込まれた羊だった。正に借りてきた猫。
 
お母さんとまずわたしたちの3人で顔合わせが始まった。
 
普通の家ですけどいいんですか?
はい。
こんな子やけどよろしくお願いします。
はい。
 
お母さんが話しかけてくれたことに返事をするくらいで、ほとんど自分からしゃべれなかった。
 
ほどなく甥っ子姪っ子たちを連れて弟さんと妹さんが来てくれた。子どもたちは幼くて、大阪弁を叫びながら、元気いっぱいに走り回っている。
 
一泊させてもらって東京に帰ってきた。夫と電話でその後の首尾をきいた。
 
おとなしい人やね。
 
お母さんの第一声だった。
 
このわたしが、おとなしい人!
 
それほどに生体験イン大阪は強烈だった。
 
 
結婚してからはお母さんから電話をいただくことが多くなった。お母さんの発言と、わたしの心の声を会話させるとこうだ。
 
こんばんは。
まずこのイントネーションに、大阪弁キター!
元気してる?
してる、って!?
生活、いけてますか?
いけてるって、なにが?
 
どうしても、受け答えがしどろもどろになってしまう。特に、この、生活いけてますか、に即答できなかったことで、家計が若干苦しいのでは、とお母さんに心配させてしまったようなのだ。
 
これは、まずい!
非常にまずい!
 
わたしが大阪弁初心者なばっかりに、わたしたちの結婚生活がうまくいくか、とても気にかけてくれているお母さんに、安心してもらえないなんて!
 
なにより、わたしが日本語での意思疎通に不自由するなんて、あり得ないのだ!
 
わたしは意識的に大阪弁に注意を向けるようになった。簡単にいえば、新婚さんいらっしゃいを見る。ダウンタウンの番組を見る、である。
 
ほどなく、いけてる、とは大丈夫だ、という意味らしいとわかる。大阪弁のもつニュアンスをだんだんわたしは感じられるようになっていった。
 
文枝師匠の新婚さんいらっしゃいは、司会の師匠もさることながら、関西人の新婚さんの会話そのものが情報の宝庫だった。大阪人の男性と結婚して苦労する東京の女性の体験談、カルチャーショックが、そのまま参考になる。
 
とんかつにウスターソースを出したら、
 
とんかつにはとんかつソースだ!
 
とおこられた、とか、
 
お好み焼きや焼きそばには白ごはんをそえておかずのように食べる、などなど。
 
食文化の衝突は新婚家庭につきものである。かなりの予習をわたしはすることができた。
 
また、ダウンタウンの大阪弁は、どんぴしゃで夫の出身地の言葉である。これもまた一番強烈なお手本をリスニングすることができる。
 
大阪の人と結婚した、と友だちに言ったら、
 
やっぱりきつい人なの?
 
と心配されたこともある。
 
きっと浜ちゃんみたいな人をイメージしたのだろう。夫の家族は、いたってそういう雰囲気とは程遠いかたがたである。
 
そうこうしていると、わたしの大阪弁のリスニング力は日に日に向上した。もとより語学の勉強は得意である。文法書も先生もレッスンもないけれど、日本語であることは確かだ。大量に触れることで、いろいろな法則にも気づいてくる。
 
来ない、来られない、という言葉にもいろんな言い方、ニュアンスがある。
 
こん、きいひん、けえへん、こうへん、こられへん、きやらへん、こやん。
 
地域による違いもあり、ひとくちに大阪弁、関西弁と言えない奥深さがある。
 
ある日テレビを見ていたわたしは思わず叫んだ。
 
今の人の大阪弁、もと西武の金村の話し方と同じだよ!
 
すると、夫がいう。
 
あれが本当の大阪弁だよ。
 
本当の大阪弁?
 
どうも大阪府で話されている言葉もいろいろあるが、スタンダードというか主流のものがあるらしい。わたしはそのイントネーションの違いを聞き分けることができたのだ。
 
そうして3年くらいたったある日、わたしは悟った。
 
お母さんが大阪弁を話すのは、わたしにとって東京弁を話すことと同じなんだ!
 
それは天啓のように降ってきた。
 
だから、お母さんと話すときも、わたしはわたしらしく東京弁で話せばいいんだ。
 
そう思えた日から、大阪弁に対し身構えることはなくなった。
 
それでも話すことはできない。なにより夫とは大阪弁で話さないから、必要もなかった。だから、話すことしたらわたしの大阪弁はとても不自然になってしまう。スピーキングには目をつむるとしよう。いまやわたしはどんなにネイティブな大阪弁で電話がきてもへいちゃらなのだ。
 
<終わり>
***

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2018-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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