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メディアグランプリ

痛みと感情


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ひらいさおり(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「うわ。もう無理……」
我慢していた感情が、抑えきれなかった。
それは、何度も繰り返し手首に刺さってくる注射針の痛みのせいなのか、不安や恐れなのか。
 
一度出た涙は、抑えきれなくなった。
 
「ちょ! 何、泣いてるの?」
 
「だって、もう何回も刺す」
 
感動したとか、共感したとかで自然と溢れる涙はあるけど、
痛みや不安で、人前で涙するのは久しぶりだった。
それも、大切な人や、父親の前で。
 
いい大人が、なんでこんなことで泣いているんだよ。
私は、溢れてくる涙と自分の状態が、恥ずかしくて、情けなくてたまらなくなった。
 
そこは、窓の大きな、4人部屋の病室だった。
部屋はこざっぱりしていて、設備も新しい。
窓から見下ろすと、首都高や都心のビル群が見える。
病院なのに、太陽の差し込む光が美しく、爽やかな空気が流れていた。
 
注射器のセットを持って、看護師さんがやってきた。
もう何回目だろう。数日後の手術に向けて、また注射をするらしい。
ベッドの周りを囲む白いカーテンがひかれると、小さな個室のように密室になった。
入院してから連日注射をして、両手首はもう紫色に染まっている。
「ぜひ。一発で、お願いします」
そう言う私に、若く元気な看護師さんは笑顔で答えた。
「そうですね! やってみます」
 
いきますよー、と看護師さんに言われるたびに、私は壁を見たり、天井を見たり、遠くを見てみたり。
注射の針が刺さってくることを意識しないようにしよう、とすればするほど。
刺さってくる時の感覚がエライ鮮明だったりするのだろうか。
 
一発で決めてくれればまだいい。
 
私の血管はどうやら「刺しずらい」らしい。
 
刺しずらいものだから、だいたい毎回、注射針を刺すのが1回では済まない。
通常3・4回。多い時は10回以上刺されることもある。
 
注射の痛みがトラウマのように重なったのか。
子どものころは嫌いではなかった注射が、大人になってから嫌いになった。
 
それでも、必要に駆られて注射する時は、いつも平静を装っている。
平静を装って、壁を見たり、天井を見たり。
私の動きを見ていたら、そりゃ看護師さんには「あ。この人注射が嫌いなのね」って、確実にバレているだろうけど。
 
だからもう、「そうなんです。私は注射が嫌いです」って自分から宣言することにした矢先だった。
 
ある日、中年の看護師さんがやってきた。
いつものように、注射器から目を離そうとしていると、
「注射器をじっくり、見てごらんなさい」と言った。
「私は大丈夫。外さないわよ。注射器を見ていたら、そんなに痛くもないから。安心して」そう言った。
 
「えー。見たくないですー」と言いつつ、私は恐る恐る注射器を見た。
注射器に入っている液体、針が紫色の手首に刺さっていく。
うわー痛い。全身に冷や汗がはしる。と、あれ? 全然痛くない。
痛いと思った感覚は、気のせいなのか?
注射器の中の液体が、次々に入っていく。
ん? 痛くない。針が刺さってるのに、全然痛くないぞー。
 
透明な液体が全てカラになり、脱脂綿をかぶせながら、針が抜かれた。
針が抜かれた瞬間ちょっとだけチクッとしたけど、大した痛みじゃない。
 
私には、この中年の看護師Sさんが、神に見えた。
「Sさん、すごい!! Sさんの注射、全然痛くない!!」
 
繰り返された過去の経験のせいなのか、「注射は痛い」そう頭の中で想像していた痛みは、実際の痛みとは違っていた。
 
「目を背けるから、余計に痛みを感じるのかもしれない」
 
そういえば、似たようなことがあった。
昔、大好きだった人と、付き合って同棲していた時。
その人は、容姿もオシャレでセンスが良くて、笑いのツボや感覚も合った。
いるだけで周りに輝きを与えるパワーを持っていて、何といっても笑いのセンスが最高だった。
その人とは2年付き合っていたのだが、知らない間に、バイト先の同僚と2股をかけられていたのだ。
それも、2年間のうちの1年間を。
私は本当にショックだった。全身が震えた。
心底傷ついて、友達と毎晩浴びるように酒を飲み、酒におぼれ、どうにもおさまらない思いをカラオケを歌って発散する毎日。
翌朝目が覚めたら、足から血が出ていたり、玄関に頭を突っ込んで寝ていたり。
自暴自棄になり、飲みすぎて記憶がないことが多々あった。
もう誰のことも好きにならない。もう誰とも出会わない。本気でそう思った。
 
新しい恋人に出会ったのは、それから、1年後の春だった。
自分の方からまた好きになったくせに、怖くてなかなか心を許せない自分。
傷ついた分、正直になることも、2人で向き合うことも怖かった。
深く傷ついた心を溶かしていく作業は、またどこか痛く、苦しいようにも思えた。
それでも、時間と思いと2人の作業が、ゆっくりと心を溶かしてくれた。
 
恋の痛みも、愛の痛みも、また違うカタチを見せた。
頭の中で想像していた痛みは、実際の痛みとは違っていた。
痛みの中にも、優しさや心地よさもあった。
 
怖くても、向き合ってみると、実は大した痛みではなかったりする。
頭で考えているだけ、実践と向き合わないからこそ、痛みが大きくなるのかもしれない。
 
どんな痛みも、どんな感情にも。
その本質には、きっと色々な答えがある。
 
それでも、ちょっと。
「きっと未来には、注射器は全部、無痛針になる」なんて、時代の進歩に期待してしまう自分もいたりする。

 
 
***

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2018-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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