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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

  記事:小林 蝉丸(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「やってしまった!」
その日のパリ駅発、ディエップ行きの最終列車は無情にも出て行ってしまった。
そして私は誰一人知り合いの居ない異国のパリで、途方に暮れることになった。
 
大学3年生の夏に生まれて初めての海外旅行をした。イギリス南部の避暑地ブライトンで3週間の短期語学留学(ホームスティ)をした後、10日間の自由旅行付きのパックだった。
そして自由旅行先には芸術の都のパリを選んだ。フランスへ渡るには「ドーバー⇒カレー」が有名だが、ブライトンに近い「ニューヘイブン⇒ディエップ」を選んだ。
 
私はパリ最後の日をシャンゼリゼ通りのカフェで過ごし、列車の発車時刻の1時間前にパリ駅に着いたのだが、目の前でニューヘイブン行きの最終電車が出て行ってしまった。
理由は私の単純な勘違いで、イギリスとフランスの時差を計算に入れていなかったのだ。
フランスはイギリスより1時間進んでおり、イギリス時間に合わせたままの私の時計は当然時刻表の時間より1時間遅れていた。
混乱の最中だったが、自分の置かれた状況を把握する為に拙い英語で駅員とやりとりして、「ディエップからニューヘイブンへ渡る電車は翌日の昼まで無い事」を知った。
これからどうすれば良いかに思いを巡らし、「先ずホテル確保……」と立ち上がろうとした時、30代後半のくたびれた東洋人が駆け込んできて駅員に喰ってかかり始めたのだ。
 
状況から察するに「私と同じパターン」だと思った。私の英語も大した事がなかったが、そのビジネスマンの英語は更に拙く、駅員は私の方を見ながら「何とかしてくれよ」と云う感じだった。そこで仕方がなく、彼に「パリからディエップ行きの列車は行ってしまった事」、「次の列車は翌日の昼まで来ない事」を片言の英語で教えた。
 
彼は天を仰いで「明日の午前中に、どうしてもロンドンに入らなくてはならないんだ!」と言った。駅員はとっくに居なくなり、私も今夜中にはホテルを確保したかった。
そこで「そうかい、では!」と歩き出すと、どういう訳か彼が付いてくる。
 
彼は香港のビジネスマンで名はチャンであると言った。
チャンは「明日ロンドンで開かれる展示会に参加するために出張で来ている」と言ったが、気持ちに余裕のない私は「そう……」と言ったきり、おざなりな対応をしていた。
 
私は10日間パリに居たおかげで、チャンよりはパリ市内に明るくホテルの集中するエリアも知っていたので、先ずは駅前から順番に当たるしかないと覚悟を決めていた。
「これからどうするのか?」とチャンが聞いてくるので、「ホテルを探す(付いて来るな!)」と云った態度を取るのだが、チャンがにぶいのか「付いて行って良い?」と聞いて来る。
 
恐らく私より10歳以上離れた社会人には失礼だが、チャンは当時流行っていたジャッキー・チェンの香港映画に出てくる「駄目なサラリーマン」にしか見えなかった。
彼を連れてパリ駅北口周辺のホテルを「今夜、泊まれる部屋はないか?」と尋ねて回ったが、片っ端から断られた。そう私達は何処からどうみても「怪しい東洋人2人連れ」だったのだ。
 
何軒か「部屋が無い!」と断られた後、チャンはあるホテルで「ロビーのソファで寝る」と言いだし、従業員を困らせた。そこで私は「私達を泊めて貰えそうなホテルを紹介してくれないか?」と聞いたところ、厄介払いをしたかった支配人は「私の知り合いでお前達を泊めてくれそうなホテルがある」と言って、ホテルの名刺の裏にそこまでの地図と、紹介状らしきものを書いてくれて、「しっしっ!」と云う感じで追い出された。
 
時刻はもうとっくに深夜になっていたが、「漸くホテルに泊まれるかもしれない!」とチャンは大喜びだった。チャンは数泊の出張で身軽だったが、私は1ヵ月以上の長旅だったので大きなスーツケースを引きずりながらの移動であり、直ぐにその間隔は広がった。
地図は私が持っており、パリに対する「土地勘」も私の方があったにも拘らず、チャンはどんどん前に進んで行った。チャンは道が幾つかに分かれていると、迷わずどちらかを選び更に進んで行った。だがしかし、彼の選ぶ方角は常に間違っていた。
 
私は街灯に照らされた石畳の上に立ち、チャンが間違った道を選び進んで行くのをじっと見ていた。そして頃合いを見て「おーい、その道が合っているのか、間違っているのか、本当に解っているのか?」と大声で叫ぶと、チャンは小首を傾げながら「間違っているのか?」と云った表情で帰って来た。紹介されたホテルに着くまで、そんな事を何度も繰り返した。
 
漸くたどり着いたホテルには1部屋しかなく、「ダブルベッド1台しかないが良いか?」と聞かれた。私はチャンを見捨てようかと云う「内なる悪魔の声」に負けそうになったが、チャンが「俺は床で寝る」と言ったので、それで良しとした。
部屋は屋根裏にあり、入るとプールサイドにある様なビーチベッド1台しかなく、「騙されたのか」と思ったが、その奥には更に部屋があり「清潔なダブルベッド」があった。私は当初の約束通りフカフカのベッドを取り、チャンはビーチベッドで寝ることになった。
 
チャンは「翌朝一番の列車でカレーに行き、ドーバー経由でロンドンに入る」と話し、今夜のアテンドに対するお礼を言われた。私はディエップ行きの切符があったので、起きる時間が彼より遅く、翌朝顔を会わないまま彼が立つ事を見越して、がっちり握手を交わしさっさと寝たのだった。
 
因みに翌朝、屋根裏から射す光で目が覚めて「チャンはもう行ってしまったのか……まるで嵐の様な一夜だったな」と思いながら扉を開けると、何故かそこには寝坊したチャンが居たのはご愛敬だった。慌てた私はチャンを叩き起こして、目覚めた彼に「君は命の恩人だ!」と感謝されながら再度お別れする事になった。
 
あれから30年以上の年月が経った。
あの日私がチャンに投げかけた「Whether this road is correct or wrong?」と云う質問は今でも変わらない。
私があの日のチャンと同じ様に「何らかの道を選びながら、進んで来た事だけは間違いない」とは思うのだが、それが正しいのか、間違っているのか、については現時点では解らない。
きっとこれからも解らないだろうが、それはそれで良いと思っている。
 
私の前にはいつも道が分かれていて、自分の中の誰かが、そのどちらかの道を歩いている。私が迷った時に呼びかければ戻って来て、そしてまた二人で歩き始める事が出来るのだから。

 
 
***

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2018-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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