メディアグランプリ

過去の自分から学んだ事


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:布村さわ子(ライティング・ゼミ 特講)

 
 
「お願い、一緒に来て!」心の叫びは、声にならなかった。小6の冬。自宅の居間から
逃げようとしない母を置いて、父と弟と一緒に、親戚の家に避難した。叔父の借金の
連帯保証人になった父は、つぶれかけた叔父の自動車工場の増資に反対し、叔父の恨みをかった。激怒した叔父は、家に押しかけ、何をしでかすか分からない。そんな状況を知り、
親戚が私たちをかばってくれた。それなのに……。
 
「お邪魔するよ。」夕飯時、不動産屋が、知らない人を連れて来る。食事時だろうとお構いなしだ。私たちが住んでいた家を買いたいという人がいれば、いつでも家の中を見せなければならない。まるで、土足で部屋中を踏みにじられているようなざらついた感じは、今でもはっきり覚えている。
 
当時、小学生だった私に金銭トラブルの深刻さは分からない。ただ、倹約と内職で
ようやく買った小さな家を他人に売り渡す両親の辛さは伝わって来た。しかも、叔父の借金の返済のために……。
 
「私は絶対、出て行かない!」普段は、大人しく九州男児の父に従う母が、我を通した。いつ、叔父が襲撃して来て、危害を加えるか分からないのに、母はかたくなに家から出ようとはしなかった。
 
ユーモアがあって、ダンディだった叔父を一変させた自動車工場。借金トラブルで、親戚づきあいにもひびが入り、家族を貧乏のどん底に突き落とした工場経営。そんな工場にも
晴れがましいスタートがあり、笑顔が集い、うまく行っていた時期もあった。
 
事業は大変なもの。素人考えで始めても、やがては失敗し、関わった人を不幸にする。安定した仕事につき、毎月一定の収入の中で、うまくやりくりし、貯蓄して、家を買う。家族で仲良く暮し、老後は孫の面倒。家族に看取られながら、静かに寿命を終える。何て時代錯誤の人生すごろくだ!
 
「大副業時代の到来!」「人生100年時代の生き方とは?」長寿社会を喜ぶでもなく、
激変する社会への不安に満ちた日々の中で、私も含めて、個人で起業を考える人も多い。
今までとは違う何か。どうなるかは分からなくても、やり始める事が大切。個人で気軽にビジネスが始められ、サポートしてもらえる環境も揃っている。ミドルやシニアの起業への背中を押す誘い文句があふれる世界。
いくつものプランを立て、ためになりそうなセミナーを受け、一歩を踏み出そうとするたびに、気弱な自分がささやく。「まだ、無理だ」「もっと、力をつけなくては……。」そして、閉鎖されて、廃屋になった叔父の工場の光景が頭に浮かぶ。もし、失敗したら、自分だけでなく、周りの人を不幸にする。それだけは避けたい……。
 
本当にそうだろうか? 子供達は独立し、自分で商売を始めている。楽しい事ばかりじゃない事は、言葉のはしばしで想像がつく。でも、もし、今、子供達が商売に失敗したとして、私は不幸になるだろうか? 逆かもしれない。いい社会経験を積んだのだと、次のステップに進む区切りとなったのだと思うだろう。
 
子供の頃の悲惨な体験は人を臆病にする。新しい事へ挑戦する最大の障壁になる。まるで、
一つの国を分断していた壁のように……。その壁の向こうにあるものは、今を流れる時間。でも、壁に隔てられ、見る事も聞く事も出来ずに、想像するしかなかった。国境の壁は、
時を同じに過ごす同じ民族の人達の心を引き裂いて来た。子供心に負った心の傷は、時を
経た自分の心に大きな影を落とす。
 
いい加減、今に向き合えばいいのに。耳元で違う自分がささやく。子育てや家事や忙しさのせいにも出来ない。後は、過去の自分を超えるだけ。今がその時。怖がらずに、前に進めばいい。やろうと思った事がうまく行かず、笑われたとしても、笑いたい奴には、笑わせておけばいい。もう、過去の亡霊に今を邪魔される必要はない。
 
人が前に進もうとする時、いろいろな障害が目の前に現れる。でも、それは、その人にとっては、自分の心を見つめ直すとても大切なチャンス。正直な自分の心と向き合う事で、今まで見えていなかった事が見え始める。そして、前に進む勇気をもらえる。
 
自然災害の脅威にふれた夏を終え、限りある人生を感じたなら、自分の人生を生きる準備を始めよう! 言い訳はせずに、前に進もう。きっと、何があっても、何もしない人生より、光輝く未来が待っているはずだから……。そう、ふっきれた時、小6の私が笑顔でうなづいてくれた気がした。
 
 
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2018-09-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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