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好きなことが循環する世界


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記事:小池恵美(ライティング・ゼミ平日コース)
 
ある男が死んだ。
 
生前、悪行の限りを尽くした男だったから、本人でさえ死後は地獄へ行くだろうと確信していた。
 
ところがいざ逝ってみると、のどかなお花畑、美味しいお酒と食事、全ての世話をしてくれる女たち。自分は何もしなくてもいい。何ひとつ困ることがなかった。これはいいやと男は世話をされるまま過ごした。
 
毎日、全ての世話をしてもらって過ごしていた男は、たまには手伝ってやろうと食事の後片付けをしようとしたが断られた。それならと洗濯を手伝おうとしてもやらせてもらえない。何をしようとしても全て断られ、何もできない日が続いた。何日も続いた。ずっと続いた。退屈だった。終いには泣いて頼んだ。「俺にも何かさせてくれ。退屈で気が狂いそうだ。これじゃあ地獄の方がマシだ!」女は呆れた顔で言った。「何を言っているんですか? ここは地獄ですよ」と。
 
私の職場には、毎日、何かしらの悩みを抱えた人たちがくる。身体の不調、心理的な悩み、人間関係の不調和。そんな人たちの悩みを軽くしてくれる技術を持った先生方をお呼びして、施術や講座を企画して運営するのが私の仕事。
 
一人、手を当てるだけで、押したり揉んだりもすることなく身体を整え、歪みやコリをなくしてしまう先生がいる。
 
あるお客様が、その先生の施術を受けて少し経った頃に連絡をくださった。「一回で身体が変わってしまって、毎月行っていた整体も行かなくてよくなってしまったんです」と。心からのお礼を言ってくださって、その後、私の働く会社の施術にもいらっしゃらなくなった。
 
そうか。身体が整ったらお客様は来なくなるんだと当たり前のことを思った。そして、ふと考えた。全ての人の悩みがなくなったら、この会社は何をやって行くんだろう、と。
 
すべての人の肩こりや腰痛がなくなったら、整体院はどうするんだろう。
太っている人がいなくなったら、エステサロンはどうするんだろう。
この世から怪我や病気がなくなったら、病院は、製薬会社はどうするんだろう。
 
誰かの悩みを解決することで売り上げを上げている仕事は、お客様の悩みがなくなったら売り上げが下がる。お客様の悩みを解決するために存在しているのに、悩んでいる人がいなくなったら困る。ということは、悩みに依存しているのではないだろうか。
 
悩みに依存している私たちが、もしかしたら悩む人を作り続けているのではないだろうか。「自分らしく生きないと、人生なんてすぐ終わってしまいますよ」「ここのお肉、もう少し落ちた方がキレイですよ」最初は全く気にしていなかったのに、そう言われるから「もしかしたらそうかも……」と悩み始める人もいるのではないだろうか。
 
これではいけない。悩みを解決するために存在している私たちが悩みに依存し、悩む人を作っていてはいけない。悩みを解決することでお金をもらっている私たちこそ、全ての人の悩みがなくなった世界をイメージできていなければダメだと思った。お客様の悩みが全てなくなっても自分たちは困らないという確信がなければ、お客様の悩みが解決していくことを心のどこかで怖れてしまいそうな気がした。
 
健康、お金、人間関係、全てが満たされて悩みがなくなり、すべての人が、無理に働かなくても一生困らず幸せに生きていけるような世界になったら世の中はどうなるだろう。
 
いちばん最初に思い浮かんだのは「美しき緑の星」というフランス映画の冒頭のシーンだった。ビルなどない草原を、みんながそれぞれに笑いながら歩き、木の実などの自然な食べ物を分け合い、大切なことはみんなで話し合っていた。幸せそうに暮らしていた。
 
天国のような素敵な世界のはずなのに、私は「退屈かもしれない」と思ってしまった。いつ誰にどこで聞いたのかも思い出せない、何もやらせてもらえない地獄に送られた男の話が結びついてしまった。私は退屈な幸せを、平和を楽しめないのだろうか。仕事をしなくていい、ということが私には幸せだとは思えなかった。
 
働きアリの集団の中には20%の「働かないアリ」がいるらしい。彼らが働きアリにあるまじき怠け者なのかと言えばそうでもなくて、80%の働くアリだけの集団を作ると、今度はその中から20%が働かなくなるらしい。けれども、その中で働き続けるアリもいるんじゃないだろうか。平和で悩みもなく、働かなくていい社会になっても、働きたい人はいるんじゃないだろうか。仕事を好きでやっている人は、そう少なくないように思えた。
 
みんなが本当に好きなことをした場合、例えば「旅に出たい」と行って訪れた旅先では、きっといい場所を人に紹介するのが大好きな人がガイドをしてくれて、知らない人を家に泊めるのが好きな人が部屋を用意してくれて、誰かにご飯を作るのが好きな人が料理を作ってくれるだろう。物語を書きたい人が書き、自分では書かないけれど誰かが紡ぐ言葉を読むのが好きだという人が読み、知りたいという気持ちが強い人は研究をし、教えるのが好きな人は好きなことを教える。誰かを可愛くするのが好きな人が髪を切ったりメイクをしたりしくれるし、悩んでいなくても人に触ってもらって気持ちいいと思う人がいれば、触ってあげることが好きな人もいる。そう考えたら、働く必要がなくなったとしても、それぞれが好きなことをすることが社会の中で循環を起こしていくような気がした。
 
そのビジョンが見えたとき、大丈夫かも知れないと思った。もちろん空想でしかないし、実現可能かどうかもわからない。でも、誰も悩まなくなっても誰も困らない世界が見えたから、私は迷うことなく今の仕事ができると思った。
 
悪行の限りを尽くした男でさえ、満たされ切ったら人を手伝おうとするのだ。そこまで悪い訳じゃない私たちは、自分が幸せになったらきっと今度は誰かの笑顔を見たくなる。誰かと一緒に幸せでいることが、自分をもっと幸せにすることを知っている。だからどんな仕事でも、安心して目の前の人の悩みを解決してあげていいと思った。幸せで満たされて、なお、誰かのために働き合える世界が実現すればいいなと思った。
 
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2018-10-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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