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あなたにとって生きていく上で欠かせないものってなんですか?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:岩本義信(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「だったら、動詞で考えてみたらどうかな?」
会社の昼休みの社員食堂。
隣のテーブルにいた7、8人の若手の女性社員が楽しそうにおしゃべりしていて、お行儀は悪いが、少し聞き耳を立ててみた。
 
その時の彼女たちの話題は、自分の得意なことは何か、だった。
最初はみんなうーんと考え込んでしまい、なかなか言い出す人がいなかった。
「趣味とか好きなこととかだと言えるけど、得意なことって言われるとね……」
「じゃぁ、好きなことでもいいじゃん」
「好きなことかぁ」
それでも、なかなか話は弾まない。
そこで、一人の女性社員が言った。
「だったら、動詞で考えてみたらどうかな? 例えば、歌うとか食べるとか」
 
「おぉ、それ面白いね!!」
危うくその女性社員に言いそうになったのをぐっと我慢して、話を聞き続けた。
 
彼女の提案をきかっけに話が一気に盛り上がった。
ダンスが好きな子は「踊る」、ランニングしている子は「走る」、その他にも「読む」、「出かける」とか、いろいろ出てきた。
中でも、「見る」と言った女性社員の話が面白かった。
その女性社員はスポーツが好きで、サッカーの試合をよく見に行くそうだ。お気に入りのチームを応援しながら試合を「見る」のが好きらしいが、特に、スタジアムで観戦すると、TVと違ってフィールド全体と選手の動きの全体が見えるので、選手の動きからそれぞれの選手か何を考えているかが「見」えたり、それを想像したりするが好きなのだそうだ。「見る」一つとってもなかなか幅が広い。
 
話のテーマは変わらないのに、「動詞」で考えた途端に、こんなに話が活性化するのがとても興味深かった。
趣味とか得意なことって何ですか? ってあらためて聞かれると、「ちゃんとやっていないので言っちゃいけない」とか、「他の人より劣っているかもしれないので言いにくい」とか、そんな思いが無意識に働き、自分にブレーキをかけてしまって、スムーズにしゃべれないのではないかと思った。
 
一方、「動詞」を使って考えてみると、自分がその動きをしている瞬間を思い出し、すごく楽しくなり、他人の比較の意識は消えて、自分の思っていることを素直に口にできるのではないかと、彼女たちの話を聞きながら考えた。
 
自分がそう聞かれたら何と答えるだろう、と少し頭を回してみた。
最初に思いついたのは「寝る」だった。しかし、これは得意でもなんでもなく、ただ単にその時疲れていたからだったからで、自分で言っておきながら、自分で取り消した。
 
次に出てきたのは、「会う」だった。
「出会う」の意味も含んだ「会う」だ。
 
人と会う、土地と会う、仕事と会う、本と会う、日本酒と会う……。
某缶コーヒーのCMで「世界は誰かの仕事でできている」というコピーがあって、私はこのコピーもCMも大好きなのだが、これをもじって「人生は誰かとの出会いでできている」というコピーに置き換えて、いつも心の中に持ち続けている。
 
人生を振り返るにはまだ早いけれど、振り返ってみれば、多くの人たちの顔が思い出されるし、今記事を書いているこの瞬間も、出会ってお付き合いさせていただいている方々の顔が次々浮かんでくる。その方々の顔を思い出すと、その人との思い出と共に、その時の感情も同時に蘇ってくる。高校の時に生徒会で文化祭や体育祭を企画実行して大成功したこととか、担当したビッグプロジェクトの受注・竣工をメンバーで祝いあったとか。
そんな思い出や感情が多ければ多いほど、人は幸せになれるのではないか。
 
「動詞」で考えるとなぜ人は話したくなるのかについて改めて考えてみた。
その理由の一つとして、「動詞」すなわち「行動」には常に感情が付いてまわっているから、というのが思いついた。何かをして「楽しい」とか、何かができるようになって「楽しい」とか、行動に感情が伴うからこそ、ワクワクして一生懸命語ってしまうのだろう。感情の伴わない行動は単なる「動作」でしかない。
 
人は誰もが、日々、喜怒哀楽の感情を持ちながら生きているが、感情の存在について特に意識することも考えることもないし、仮に考えたとしても、感情なんてあって当たり前と思うだろう。しかし、それは事実ではないことを知る出来事が5年前にあった。
 
今から5年前のこと。
私は家族を名古屋に残して、東京に単身赴任していた。当時中学2年生だった長男が突然不登校になり、中2と中3の2年間は全く学校に行かなかった。ただでさえ子供が不登校になると精神的負担が大きいのに加え、夫の私が単身赴任で不在にしていたので、妻は相談相手がいない中で、一日中息子と家で暮らしていた。
不登校の初めの頃は、また学校に行ってくれるだろうという期待感もあって、妻も頑張っていたが、3か月が経ち、半年が経っていくうちに、だんだん精神的に追い詰めれられていき、とうとううつになってしまった。そのうつも急激に悪化して、朝起きることも家事もできず、最後には食事もとれないようになったので、入院させることにした。
 
入院中、ベッドの上の妻が力の無い声で言った。
「生きているのが辛い……」
そんなことを言うもんじゃないよ、と返した私に、妻は言った。
 
「感情が出てこないの。嬉しいとも悲しいとも思えないの……だから……苦しいの……」
 
妻は感情がまったく湧いてこない状態になっていた。
自分もうつになった経験があり、その時の経験を思い出して、感情のない世界を想像してみたが、嬉しいも悲しいも腹立たしいも何も感じない状態で生きていくとは、果たして人として生きている実感や生きていく意欲が持てるのだろうかと、ぞっとした。
 
その後、治療の甲斐あって、妻は1か月ほどで退院し、今ではすっかり元気に暮らしているが、あの出来事以来、私は感情の存在の大切さを意識するようになった。笑う時は思いっきり笑う、悲しむときは思いっきり悲しむ、怒る時は思いっきり怒ることにしている。
 
人が生きていくために必要なものは何ですかと問われた時に、水、食料、家族、お金……等のいろいろな答えが出てくるが、私はここに「感情」を付け加えたい。
 
そして、前段で「人生は誰かとの出会いでできている」というコピーを書いたが、最後にもう一つだけ書いて、おしまいとしたい。
 
「人生は感情の積み重ねでできている」
 
 
***

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2018-10-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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