メディアグランプリ

学びの記録が歴史を語るとき


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記事:MIDORI(ライティング・ゼミ木曜コース)
 
 
とんでもないものを拝見してしまった。
誰かのノートを見て、鳥肌が立ったのは初めてだ。
 
その中身は手記でもエッセイでも、物語の草稿でもない。
ある航空技師が基礎物理学・工学に関する知識を綴ったものである。その内容は、現在でも大学で講義されている。
 
このノートとの出会いは、以前この技師のご子息である知人から、内容がどのようなものであるかを見て欲しいと依頼されたことに端を発する。そこで大まかな内容は分かっていたものの、後日気になって再度拝読させていただいた。
 
 
柔らかく繊細な筆致。
詳細にわたるまで考察を深めた記述。
選び抜かれた緻密な図面とグラフの数々。
 
ノートに埋め尽くされたこれらの内容が、ページをめくるごとに押し寄せてくる。基礎からどのように学び、考えを深めていくのか。その過程もリアルに伝わってくる。数百ページにも及ぶ記述は、その辺の教科書よりも美しく、芸術的ですらある。
 
 
几帳面で綺麗なノートはそんなに珍しいものではない。
ぎっしりと解答の経緯を記したノートもとして、受験攻略のお手本としてネットを探せばいくらでも出てくる。
講師という仕事柄、学習ノートの類いはこれでもかというほど見てきている。
 
にもかかわらず、何故このノートは圧倒的なまでに心を打つのであろうか。
 
 
ひとつは、時代背景にある。
ノートの主は、戦時中の混乱期にこれを記している。
航空技師として特攻隊が乗る戦闘機の試作機も作っていたこの方が、無いものからどう作り上げるのか、また、少ない材料のなかで何を活かせばよいのかと思案を重ねる過程も含まれている。
また、他の誰かが乗る=その人の命にも関わるという重さも感じずにはいられない。知人は人々の生活のドラマと繰り返し。
 
材料や戦闘機のパーツの特性を調べつくし、限られた試作を経て、国のためにその戦闘機で誰かを送るという事実の重み。
 
まさに、生きざまが顕れるといえる。
戦争という状況が日常のなかにあった頃というのは、若輩者の自分では想像もつかないところにあるとはいえ、圧倒されるほどの熱が伝わるかのようだ。
 
最早、当時の日本の最先端をいく技術と応用だけを垣間見るということはできなくなった。
 
 
そして、ふたつめ。
このノートを記した目的である。
 
見た目は我々がイメージするノートの形ではなく、三冊に分かれて製本されている。完全に書籍の形である。
単なる学習ノートをそのまま、ここまでの形に敢えて調えることは通常では考えられない。
 
『新たな有事が起こったときに備えていたかもしれない』
白い手袋で丁寧にページをめくりながら、知人は戦争という背景とともにお話をしてくださった。
 
何かあったときに継承できるものとして、今ある知識を結集させる意味合いがあったのではないかと。
 
現場のリアルな知識や情報は今の世でも財産であり、場合によっては漏洩することで大きな問題にもなりかねない。
それでも、当時の情熱をそのままに、得たものを伝えようとする使命を持っておられたのであろうか。
伝えることを生業とする者にとっては、真剣さを問われているかのように身の引き締まる思いをさせられる強さがある。
 
後世に思いを馳せた記録なのだ、と感じた。
 
 
学習の過程を記したノートは、次元を超えると歴史書になるようだ。
 
知人は、帰り際にこのような話をしてくださった。
『私は算数がとても苦手で。「なぜ自分で式を立てないのか」「あてはめるだけではないか」とよく言われたものです』
戦後、教科書や環境が整えられ、与えられたことを覚えてあてはめていくだけになった。
『けれど、父は内容そのものを初めから作ることをしていたんですよね』
……数学や物理学の問題を解くに当たっては、確かに事象やパターンをもとに公式を当てはめていくことが得点に最も結び付きやすい。しかし、本来はその事象やパターンに対してどう本質を見極めて解明のプロセスを構築していくのかである。
 
 
『私も仕事のなかで、新しく創っていくことをしています。今なら、ノートの内容はともかくとして、父が言っていたことはわかります』
全く違う分野であったとしても、その姿勢や考え方のスタンスに活かせることもこのお話から伺える。こういう財産の継承の形もあるのだ。
 
 
そこで、いま、自分が真剣に表現して伝えたい内容は何だろうか。
そのテーマを改めて見直して、潜んでいる情熱を巻き起こせないだろうか。
……資料として撮影させていただいたノートの一部の画像を見返しながら、思案に耽っている。
 
 
余計な装飾もいらない。小手先の技ではなく、本質で勝負しろと言われているかのようだ。
基本を深めていくと、本物の技に結びついていく。記述された考察の過程は、見事にそれを示している。
カッコいいタイトルで悦に入っても内容には発展しない。取り繕って隠そうとも、本質は滲み出るものである。
 
まずは改めて、基本を固めてみよう。
自分の立ち位置を確かめながら、少しずつ前に進めればよい。
積み上げたものがいつか、このノートのように誰かの学びの力になれることを願いながら。

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2018-10-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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