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“電車座禅”のススメ


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記事:S(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
午前8時、ホーム。前後左右に老若男女が押し合って、安全な“黄色い線”の内側ギリギリまで並ぶ。電車が到着してドアが開くと、中からこちらに向かってまた人が押し寄せてくる。その波をかわしながら、ほんの少し空いたスペースに、倍以上の人々が流れこんでいく。
 
初めて朝の通勤・通学時間帯に埼京線に乗り込んだときは、面喰らった。満員を通り越して、乗車率120%は超えているのではないかと思う。自分のスペースを確保する余裕はない。流されて、潰されて、発車ベルが鳴るまで中に押し込まれる。そして電車が動き出すと、目的地に着くまでの一定時間、全く身動きがとれない。鞄を持ち直すことも、カラダに負担がかからないように、倒れてしまわないようにとバランスをとることもできない。当然スマートフォンのニュースや本を読むこともできず、時には電車内の広告や映像でさえ見ることができない。少しでも動いたら、周りに迷惑がかかったのではないかと気になって居心地が悪くなる。何かに引っかかって落ちるとやっかいなので、音楽を聴くためのイヤホンも外すようになった。
 
朝の満員電車では、いつも電車の中でしていたことが何一つできない。そこで、仕方なく目を瞑ってみた。微動だにせず、ただひたすら目を瞑る、それを毎朝繰り返すうちに、こう思うようになった。「これは座禅なんじゃないか?」と。
 
思えば私は電車の中で、いつもインプットかアウトプットをしている。スマートフォンでニュースを見たり、音楽を聴いたり、仕事のメモをしたり、連絡をしたり……。例えば、電車から景色を眺める。雨が降りそうだと感じたら、スマートフォンで天気予報を調べる。その予報によって、会社に着くまでに傘を買うべきかを考える……無意識のうちに、次から次へと行動を重ねている。しかし、全く動けない満員電車で目を瞑っていると、行動を起こすことなく自分だけに集中する。そして、その状態でいると不思議なことに、人が多くて窮屈だとか、暑苦しいだとか、電車が走る音が煩いだとか、周りのことがあまり気にならなくなったのである。
 
もちろん、満員電車で目を瞑るだけでは正式な座禅とは言えない。座禅には作法があり、宗派によって目的も異なる。しかし、宗教的な考えを除いて行為の本質を考えると、満員電車で目を瞑って自分に向き合うのも座禅と同じことだと言える。そして、日常生活や仕事に役立つ効果がある。例えば、雑念を振り払う、集中力や洞察力を上げる、自分に自信をつける、ストレスを軽くする……こうした効果は脳科学でも実証されているという。最近では座禅に通じる「マインドフルネス」という行為も注目され、教育機関や政府機関、企業の中でも取り組みが行われている。
 
ただ、こうした知識や情報を知っていても、私は座禅やマインドフルネスに取り組もうとしていなかった。いつも何かを考えていないと何となく落ち着かず、家でも外でも心を忙しくすることが当たり前。「何もしない時間」を意識して作ることができなかった私にとって、習慣的に“座禅”の時間を持てる朝の満員電車は、とても有り難いものになった。座禅やマインドフルネスの正式なやり方を実践しているわけではないので、目を瞑っている間も、その日の仕事のシミュレーションをしたり、心配事を思い出して焦ったり、今までの自分を振り返って自問自答したりと、色々と考えてしまうことも多い。しかし、もし正しい効果が得られていなかったとしても、自分に集中させてくれるだけで貴重な時間だ。
 
もし、朝の満員電車が辛いという人がいたら、この“電車座禅”をオススメしたい。目を瞑ってインプットもアウトプットもせず、自分に集中することで、辛い、苦しい、長いといったマイナスの思いから解放されるだけでも、効果があるはずだから。

 
 
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2018-10-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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