メディアグランプリ

中学生の私がエルメスに憧れた理由


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:望月祥子(ライティング・ゼミ平日コース)

 私が小学生の頃からだ。
毎年3月14日のホワイトデーに私の母はいつもオレンジ色の紙袋を手に持ちながら家の鍵をあける。その中には綺麗にリボンがかかったオレンジ色の箱が入っていた。きっと私が小学生になる前からだったかもしれない。それが毎年3月14日の恒例だった。

 小学生3年生くらいの頃に母に尋ねた。
「ねえ、お母さん。そのオレンジの箱の中身って何がはいっているの?」
リビングにある茶色の丸いテーブルにオレンジ色の箱を置きながらみせてくれたのは、プリーツが綺麗にかかったスカーフだった。いつも母が仕事に行く時に首に巻いたりカバンにつけたりしているものだった。
「2月14日がバレンタインデーなのは知っているでしょ?1ヶ月後の3月14日はホワイトデー。チョコレートをあげたお返しにいただいたの」
私にとって3月14日は毎年母がオレンジの箱をもらって帰ってくる日。そして中身は決まってプリーツが綺麗にかかったスカーフ。いつの間にかそうなった。
それくらい色鮮やかなオレンジの箱は印象的だった。

 私が中学生になった時。英語の授業がはじまった。ABCなどのアルファベットや単語、文法をならう。ある日英語の授業を受けながら、母が毎年ホワイトデーに決まって持って帰ってくるオレンジの箱を思い出した。きっと先生がオレンジのワンピースを着ていたからかもしれない。家に帰るとすぐに塾に行くのが習慣となっていた私は夕刊と一緒にはさんである裏に何も書いていないチラシに
「毎年ホワイトデーにもらっているオレンジの箱みせて」
そう書いて自転車に乗りながら塾に行った。塾の帰り道は自転車のペダルをいつもより早くこいだ。
家に帰ったら母がオレンジの箱をだして塾の帰りを待っていてくれていた。その箱に書いてあるアルファベットのスペルはHERMESと書いてあった。読み方を母に聞いたらエルメス、でもこれは英語ではなくてフランス語だよと教えてくれた。

 2月14日のバレンタインデー。私は初めて男の子にチョコレートをあげた。そして1ヶ月後。チョコレートをあげた男の子から放課後に呼び出された。
「バレンタインくれてありがとう。はいこれ祥子に」
そう言って私にくれたホワイトデーはオレンジの包装紙でラッピングがされたキャンディだった。
あれ。おかしい。オレンジはあっている。そう。3月14日のホワイトデーはオレンジ色。でも。中身はキャンディではなく、綺麗なプリーツがかかったスカーフではないのだろうか。もしかしたら彼にはスカーフを渡せない重大な理由があるのかもしれない。ここで聞いたら失礼になるかもしれない。そんな気持ちを抱えながら彼に「ありがとう」そう伝えた。
 中学1年生の3月14日のホワイトデー。母はやはり毎年の恒例行事のようにオレンジの箱を持って帰ってきた。塾から帰ってきた私は母に聞いた。
「ねえ、お母さん。私バレンタインデーにチョコレートをあげたの。でもホワイトデーの今日はお母さんが毎年もらってくるオレンジの箱がもらえなかった」
私の顔をゆっくりみながら母は笑い出した。
「当たり前でしょ。普通大人でも中々もらえないよ。お母さんに毎年ホワイトデーにオレンジの箱をくれる人は会社の社長だよ。次の日曜日に一緒にそのスカーフのお店に行ってみようか」

 次の日曜日。私の足元は靴下ではなくストッキングを履き、いつも履いているジーンズはスカートに変わった。普段の格好をしたかったけれど、いつもは何も言わない母からの指定だった。
小学生の時から見ていたオレンジ色の箱のお店に初めて行った。オレンジ色の箱のお店はオレンジ色をしていなかった。お店に入る時にわざわざドアを開けてくれる男の人がいて驚いた。
中学生の私が見ても分かるくらいの仕立てのいいお洋服を店員さんたちは着ていた。アイロンが綺麗にかかったお洋服に磨かれた靴。ジーンズにスニーカーという姿で来なくて本当に良かったと安心した。どの店員さんも笑顔で雰囲気が良かった。
 スカーフがたくさんある場所に母が連れて行ってくれた。どれも綺麗でカラフルだった。
「お母さんがすぐに祥子を産んで職場に復帰したのは知っているよね?当時はまだ専業主婦が当たり前で働く女性は少なかった。お母さんは家にいるより働きたかったからね」
私の母は私を産んで42日目で職場に復帰した。今から33年前だ。きっと私が想像する以上に世間の風当たりは冷たかったのかもしれない。

 そのあと母が教えてくれた。私を産んでからはじめてのホワイトデー。社長がエルメスのスカーフをくれたこと。復帰おめでとう、これからも頑張ってね。社長はそう言って母を認めてくれたこと。会社が黒字である限り毎年女性社員はみんなエルメスのスカーフをホワイトデーにもらうようになったこと。
あのオレンジ色の箱の中身が簡単にもらえる訳ではないことはお店に行ってすぐに分かった。中学生の私にはまず似合わないし、高価すぎる。
 あのオレンジ色の箱は私の憧れ。その気持ちはますます強くなった。

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2018-10-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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