メディアグランプリ

街の雑音は人生の特効薬だ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:古川 馨(ライティング・ゼミ平日コース)

街にはたくさんの雑音が溢れている。車の音、人の話し声、BGM。それらの雑音から逃れるようにイヤホンを耳につけ自分の世界へ入り込む。物事に集中するためにも雑音から逃れるのは有効な手段だろう。でもそんな雑音が人生の特効薬になると言ったらあなたはどう感じるだろうか?

その日はいつもより少し早めに出勤だった。いつも通りイヤホンを耳につけると学習用のオーディオをセットした。毎日通っているコワーキングスペースまでの道のりが約40分。その通勤時間が私にとってのレッスンタイムなのだ。ほどよく雑音をシャットアウトしてくれるイヤホンが集中力をアップしてくれる。

駅までの10分ほどの道のり。朝早いこともあり少し肌寒い。北海道はもうすぐ冬がくる。雪かき地獄がもう目の前だ。

「毎日スキーができるなんていいね」

そんなことをいう東京の友人たちもいるが、冗談ではない。毎日、雪かきをしていたら、そんな気持ちもなくなってしまう。雪が降って喜ぶのは子供くらいのものだろう。大人は毎日の雪かきと筋肉痛で雪を見るのもウンザリだったりするのだ。

駅の改札を抜けるとホームへと向かうエスカレーターを降りる。ホームの端には自販機があり、そこでブラックの缶コーヒーを買いベンチへと腰をおろした。ぐいっと一気にコーヒーを飲み干す。程よい苦味が口の中に広がり、コーヒーの良い香りが鼻に抜ける。徐々に目の前の霧が晴れるように頭が冴えてくる感覚があり仕事モードへと切り替わっていく。と、そこへ電車がちょうどやってきた。空いている席に腰を下ろすと電車が出発した。ガタンゴトン、ガタンゴトン。程よい揺れが眠気を誘う。どうやら今日の通勤は眠気との戦いらしい。

寝てしまい乗り過ごすことはなかったものの、今日聞いたオーディオ内容は半分も覚えていない。あとでもう一度聞き直しだ。電車を降りて改札を抜けると、ふと違和感を覚えた。別に駅に対してのものではない。自分自身に対しての違和感だ。なんとなくバランスが悪い。はっ! と気づいて左手をみる。目が大きく見開き、思わず「ゴクリ」と唾液を飲み込んだ。

思わず二度見した。そこにあるはずのものがないからだ。一瞬で全身から血の気が引いて行く感覚。心臓の音がやけに大きく聞こえている。

いつからない? いつからだ? どこでなくした?

頭の中でまるで誰かが会話をしているように、いろんな考えが頭をめぐる。しかし、どんなに考えて見ても全く記憶にないのだ。そこにあるのが当たり前過ぎてこれまで気にも止めたことがなかった。だからこそ、今なくなったのか、それとも数日前からなかったのか。自分自身に問いかけてみても答えは出ない。

記憶にございません。

まるで国会答弁の政治家のようだが、本当に記憶にない。最後に確認しのがいつかすら思い出せないのだ。

落ち着け。きっとあるはずだ。まずは上着のポケット、ズボン、カバンの中をまさぐる。見当たらない。次にキョロキョロとあたりを見回し、ベンチや床、とにかく駅構内を歩き回る。見つからない。また心臓の鼓動が早くなって来た。

やばい。やばい。やばい。

思わず叫び出しそうな衝動を抑えながら、もう一度左手をまじまじと見つめた。長年いつもそこにあった結婚指輪がなくなってしまっていた。

駅構内をくまなく探したが、結局指輪は出てこなかった。そもそも駅で無くしたかどうかもわからないのだから当然なのかもしれない。妻に指輪をなくしたことを伝えたら「仕方ないよ」と言われた。しかし自分が日頃から注意を払っていなかったことが原因だと思うとすんなりと受け入れるわけにはいかなかった。

当たり前の日常、当たり前にそこにあるもの。それが自分の不注意からなくなってしまったことによるショックが大きい。「大切なものはなくなってから気づく」とよく言うけれど本当だ。思い出が詰まった指輪はどこかへ消えてしまった。

ふとオーディオが止まっているのに気がつき耳につけていたイヤホンを外す。一気に外の世界の音が聞こえて来た。楽しそうに笑っている若者たちの声。手帳にメモを取りながら大声で電話をしているビジネスマンの声。旅行雑誌を抱えて観光場所を相談している旅行者の声。駅にはたくさんの声があふれていた。これまでイヤホンで外の音をシャットダウンしたので聞こえてこなかった音だ。

マジで! あはははははは。

手を叩きながら大学生たちが爆笑している。近くにいたため話の内容が耳に入ってしまった。思わず吹き出しそうになり、口をとっさに押さえる。ここで笑ってしまったら、さすがに恥ずかしい。ずっと笑いをこらえてプルプルしているとなんだか落ち込んでいるのがバカらしくなって来た。
これまで雑音としてしか感じていなかった周囲の音が、まるで自分を励ましているように感じる。たまにはイヤホンなしで周りの音を聞いて歩くのもいいかもしれないな。そう気持ちを切り替えると、首にかけていたイヤホンをカバンにしまい暖かい雑音に包まれた駅構内を後にした。

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2018-10-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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